芸術の理解者  埋もれた短編発掘その23
 あるものが「芸術」であるとは、どのようなことなのでしょうか? 何をもって「芸術」とするのでしょうか? その境目を分ける基準に、絶対的なものはありません。この物語のように…。
 ドロシイ・ソールズベリイ・デイヴィス『紫色の風景画』(志摩隆訳 早川書房『エラリイ クイーンズ ミステリ マガジン』1965年1月号収録)は、芸術に対する、主観と客観のズレを取り扱った作品です。
 メアリー・ガードナーは、三十代後半の独身女性。デザイナーという職業がら、たびたび音楽会や劇場に行けるだけの余裕がありました。引っ込み思案でおとなしめの性格ながら、こと趣味に関しては、譲れないものを持っています。
 そんな彼女の最近のお気に入りは、近所の近代美術館に収められている、モネの『ルアーヴル近郊の森』という作品。ただ、気になることが一つありました。

 よく見ればみるほど、この絵は上下を逆にかけているように思われてならなかった。サインについては、彼女なりの理論を展開させていった。これはおそらく、画家が長い仕事を終えて、それも暗くなりかけた時に急いで書かれたのだろう、と。

 そんなある日、美術館に火災が発生します。混乱の中、メアリーは絵を救い出そうと、モネの絵を額縁から外して、外に逃げ出します。すぐに美術館に連絡しようと思いながらも、家の中に絵をかけてみたいという誘惑にかられます。

 今は衝動的にイタリア製の石版画をおろし、木の額縁からガラスと台紙を外してモネの絵を入れた。モネの絵はぴったり合ったし、その上なによりも彼女のうれしかったのは、今こそ正しいかけ方ができることだった。

 ニュースで『ルアーヴル近郊の森』が焼失したとされていることを知ったメアリーは、絵を返そうと決心します。しかし警察も美術館も、メアリーの話を作り話だと考え、まともにとり合ってくれません。ようやく現れた管理責任者は、絵を模写だと判断する始末です。
 メアリーは、いろいろな美術の専門家に、手当たり次第に、絵を見てくれるようにと、頼んで回ります。そして、その過程で、彼女は少しづつ変わり始めます。

 少女時代、彼女は両親や先生から外に出てもっと多くの人と会いなさいと言われたものだった。たしかに彼女は外に出るようになった。そして、彼女のもっている絵のことについて自由に批評し合う雰囲気のなかでは、彼女も自由に批評することができるようになった。その批評がおかしければおかしいほど-彼女はひどいとさえ思ったことがあった-彼女は有名になっていった。

 やがて、付き合いのある保険員のつてで、とある鑑定家がメアリーの家を訪れることになります。鑑定家のとった言動に対して、メアリーの胸中に去来する思いとは…?
 ふとしたきっかけで、ひとりの女性の人生観、そして人生そのものをも変えることになった一枚の絵。「逆さにされたモネ」とは、いったい何を表しているのでしょうか?
 「芸術」を見る視点とは「人生」を見る視点でもある。そんなことを考えさせてくれる、味わいのある作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんにちは。

おもしろそうな作品ですね。
ミステリとしても興味深いし、芸術って何、
ってところまで行ってしまいそうな気もします。

コージー派の印象をうけるんですが、
こちらの読みが浅いですか? 
【2007/10/15 18:24】 URL | kenn #NV6rn1uo [ 編集]


こんばんは。
これ確か「犯罪こそわが人生」(早川ミステリ文庫のアンソロジー)に載ってましたよね。

明快なミステリとしての筋が無かったので(殺人とか)、忘れていました。
「芸術」という観点があったんですね。
あのシリーズは本当に良質の短編がそろっていたと思います。
【2007/10/15 19:15】 URL | fontanka #- [ 編集]

>kennさん
うーん、ちょっとコージーとは趣が違いますね。独身女性の生活感が感じられる、というところもあるんですが。
作者が主人公に対して、客観的というか、ちょっと突き放した視点で描写しているので、題材がコージーぽくても、あんまりそういう気がしないのかもしれません。

じつのところ「芸術」よりも「人生」の方に重心がよっている、といった感じの作品ですね。
【2007/10/15 20:35】 URL | kazuou #- [ 編集]

>fontankaさん
あれ、そのアンソロジーにも載ってましたっけ。収録されているのに気づきませんでした。
『紫色の風景画』は、ずいぶん前に読んだときは、そんなに面白く感じなかったんですけど、今回読み直してみて、作品の良さが少しわかったような気がします。

それにしても、探偵作家クラブ編のアンソロジーシリーズは、狭義のミステリにこだわらないセレクションで、今読んでも、ほんとうに面白いですよね。
【2007/10/15 20:40】 URL | kazuou #- [ 編集]


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