昼出歩くものたち  埋もれた短編発掘その7
 大都会には、あふれるほどの人々が暮らしています。しかし、彼らの全員が本当に生きていると言えるのでしょうか? 生者と死者を区別するものは? 今回はそんな都市の不思議を描いた一編、ヴィクター・カニング『壁をぬけて』(小尾芙佐訳 早川書房 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン1963年10月号所収)です。
 舞台はロンドン、「わたし」は、四時頃になると、会社の近所の喫茶店に出かけます。フェンチャーチ通りにあるその店で、一杯の紅茶と菓子パンを食べるのが日課になっているのです。客はたいてい同じ顔ぶれの常連です。「わたし」は、その店で二人の人物と顔なじみとなります。
 一人は、フィングルトン。四十がらみで、禿げかけています。健康そうには見えないが、愛想の良い男です。月曜と水曜と木曜の三日きまって顔を出します。
 もう一人は、ハヴァストック。長身で細面。貴族的な容貌の男です。気まぐれで、一月姿を見せないこともあれば、ひょっこり現れて毎週きちんと通い続けたりもします。
 ときどき、この三人の顔がそろうときがあり、それは一月に一、二回、というところでした。それが五年越し続いており、三人は古馴染みといってもいい関係でした。「わたし」は、どちらの人物の名前も知りません。まして詳しい素性など全く知らないのです。しかしこの程度のつきあいがちょうどよいのではないかと「わたし」は考えます。
 ある日、ハヴァストックが浮かぬ顔でやってきます。心配する「わたし」に、彼は不思議な出来事を告げます。ロンドン市民の大多数が実は見かけ通りの人間ではない、というのです。そしてその理由を話し出します。ハヴァストックは、あるとき、ふと前を行く一人の男に注意を惹かれます。気になったハヴァストックは、男を尾行します。

 「フリート・ストリートに入ると間もなく、男は前の道を渡りました。するとそこへ郵便車が通りかかり、ほんの二、三秒わたしと彼との間をさえぎったのです、ほんの数秒の出来事でした。ところが車が通りすぎると、男の姿がないのです。煙のようにかきうせていました」

 それから、ハヴァストックは人々を観察する習慣がついてしまいます。そしてある日再び、若い娘が銀行の外壁に消えるのを目撃します。彼らは死者ではないのかと、ハヴァストックは述べます。

 「かってここで働いていた人たち、ここで生をうけた人たち、ここに魅せられた人たち、ロンドンに、住みなれた人たち…彼らの肉体は死んでも、魂はここから逃れることができないのです。彼らはもどってきます。魂はもどってきます、愛着たちがたい巣へ。だからロンドンは幽霊でいっぱいなのです。」

 ハヴァストックに対して、フィングルトンは懐疑的な意見を述べます。そんなことは合理的に説明できると言いますが、ハヴァストックはかぶりを振ります。そして彼は忠告します。前を行く人間に気をつけだすと、あなたはやめられなくなる、と。
 ハヴァストックのいうことは本当なのでしょうか? 「わたし」はこの後、不思議な体験をすることになるのです。大都会をさまよう幽霊の謎とは? 合理的な解決を求めると裏切られますが、奇妙な幕切れには唖然となることでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/26-f5255705
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する