めくるめくサスペンス  スタンリイ・エリン『カードの館』
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カードの館 (1969年)
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 『特別料理』で知られるスタンリイ・エリンは、いわずと知れた短編小説の名手です。極端なときには、一年に一作しか書かなかったと言われる、その寡作さもその印象を強めています。しかし長編でも、短編とは異なるテイストながら、いくつかの秀作をものしています。
 「テイスト」の違いとは、端的に言えば、短編が「異色」であるのに対して、長編が「ストレート」であること。ハードボイルド、またはサスペンス的な要素が強い長編は、もし作者名を伏されたら、エリンの作品であると当てるのは、かなり難しいように思います。
 だからと言って、長編が凡作なわけではなく、練られたプロットといい、サスペンスたっぷりな展開といい、まさに手練というにふさわしい作品が揃っています。『カードの館』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ)も、そんな職人芸を楽しめる秀作です。
 元ボクサーのレノ・デイヴィスは、あるとき、酒場でからまれている美しい女性を助けます。彼は、ふとしたきっかけから、その女性アンの息子、ポールの家庭教師をまかされることになります。しかし、その母子が住む邸宅には、一癖ありそうな親族がともに暮らしていました。
 アンは、誰かに脅迫されているという恐れをレノに打ち明けます。しかし親族たちが言うには、アンは夫を亡くした後、精神のバランスを崩しているというのです。アンの恐れていることは事実なのか、妄想なのか? レノは思わぬ陰謀の渦中に巻き込まれてしまいます…。
 わりと大部な作品ながら、最後まで飽かせずに読ませます。というのも、全編を通して、サスペンスが上手く持続しているからです。まず、物語の中盤に至るまで、アンの言っていることは本当なのか妄想なのかが判然としません。その後も、アンは本当に主人公の味方なのか敵なのかが、なかなか判明しないのです。そしてまた事件の黒幕はいったい誰なのか? 次々と現れる謎が、小気味よく読者を結末まで引っ張っていってくれます。
 とにかく、ストーリーの緩急をつけるのが上手いのです。物語がゆるくなったところで、引き締めるような要素を入れるタイミングがじつに見事。サイコ・スリラーなのか、冒険小説なのか、ジャンルがどこに転ぶかわからない、中盤までの展開も心にくいばかり。エンタテイメントの逸品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ごぶさたしております。
この作品、ずっと前から持っているのですが、巻末の解説(私は解説とかは先に読むタイプのなので)とかその他の批評などが「失敗作」とか「冗長」とか書かれているのを読んでしまったことや、初めて読んだエリンの長編「空白との契約」が自分には合わなかったこともあって、ずっと実家に放置したままでした(「鏡よ、鏡!」や「第八の地獄」は好きなんですが)。
kazuouさんの紹介を読んで改めて興味がわいてきたと共に、意外と作品の生き死にを簡単に決めてしまう批評や解説の重要性を、自戒を込めて改めて考えたりもしました。
【2007/09/15 08:19】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

拾いもの
そうなんですよね、この作品、あまり芳しい評を聞いたことがありません。でも、「冗長」とはほど遠いですね。めまぐるしく状況が移り変わって、先が読めない、サスペンスの良い見本だと(個人的には)思います。
思うに、エリンの長編って、短篇と違って、あんまり前衛的というか斬新なことをやっていないようなイメージがありますよね。そういう意味では、『カードの館』もあんまり「新しく」はないです。でもエンタテインメントとしては、素晴らしい出来だと思います。この作品が、もしエリンの作でなかったら、秀作として認められたんじゃないかな?というのは、穿ち過ぎでしょうか。

ちなみに、『空白との契約』は、僕もあんまり合わなかったです。
【2007/09/15 08:46】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは(こちらからお願いしているわりにまだ、kazuouさんのリンクを追加していないでさぼっております)

エリンは短編がすごいうまいと思うし短編が大好きなんですが、長編もすごく達者なんですよね。でも、長編はちょっとアクが強いというか、好き嫌いはかなりあると思います。

ホック・エリン・スレッサーといった短編の名手の「長編」って殆ど顧みられない事が多いので、kazuouさんが取り上げてくださって、とても嬉しいです。
【2007/09/16 00:58】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
短篇作家の長編、というのは影が薄くなりがちですよね。スレッサーとかホックとかは、長編になるとちょっと分が悪いけど、エリンの長編は、かなり高いレベルのものだと思います。
エリンの長編だと、いちばん好きなのは『バレンタインの遺産』で、つぎが『カードの館』なんですけど、共通するのはエンタテインメント性の強さ。短篇のような問題意識はない代りに、徹底したサービス精神で楽しませてくれます。まだ未読の長編がいくつかあるので、いずれ読みたいと思います。
【2007/09/16 07:08】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは。

スタンリイ・エリンと言えば『特別料理』と『九時から五時までの男』しか
思い出せないのですが、長編は読んだことがないんですよね。
積読本に『闇に踊れ!』(後期の作品?)は持ってるのですが、
一体いつになったら読むんだか(笑)。
こちらもエンタテインメント性はあるのかな?

他の方のコメントを拝見してると長編は好き嫌いがあるようですが、
初めてスタンリイ・エリンの長編を読むならこれ!というおススメは
何でしょうか?kazuouさんのおススメを是非教えて下さいませ。
【2007/09/19 22:31】 URL | TKAT #- [ 編集]

長編は
エリンの場合、むしろ長編のほうが娯楽性は高いような気がします。
最初に読むなら、間違いなく『バレンタインの遺産』でしょう。最初から最後まで、全く飽きさせません。例えるなら、娯楽性の強いハイスミス、といった感じでしょうか。
次は『カードの館』、あとは変わり種サスペンスの『鏡よ、鏡』なんかもいいですね。
『第八の地獄』とか『空白との契約』になると、ちょっとハードボイルド風味が強いので、個人的にはあんまり好きではないですね。
ちなみに『闇に踊れ!』は僕も積読してます(笑)。
【2007/09/19 22:59】 URL | kazuou #- [ 編集]


「闇に踊れ!」は読みました。
すごいなぁ~とは思ったけれど状態です。
はい。
って、私がこう思うってことは、きっとkazuouさんやTKATさんには
お気にいると思います。(はい、私はエリンは短編の方が好きです。あっさりしていて)

【2007/09/19 23:41】 URL | fontanka #- [ 編集]

面白そうですね
僕も、エリンは短篇の方が好きですね。
『闇に踊れ!』は宣伝コピーが、かなり気合いが入っているので、重厚そうだなあ、と思って、ずいぶん長い間積読になってます。
近いうちに読んでみようかと思うのですが、本の山から探し出すのが先決(笑)…。
【2007/09/20 19:21】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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