誰が裁くのか?  A・H・Z・カー『誰でもない男の裁判』
4794927428誰でもない男の裁判 (晶文社ミステリ)
A・H・Z・カー 田中 融二
晶文社 2004-06-17

by G-Tools

 かっては、雑誌やアンソロジーに、ぽつぽつと短篇が訳載されるだけだった幻の作家、A・H・Z・カー。彼の短編集『誰でもない男の裁判』(田中融二他訳 晶文社)は、非常に粒ぞろいで、バラエティに富んだ短編集になっています。
 上司の容疑をはらすために美人秘書が活躍する、軽妙なストーリー展開の本格風作品『姓名判断殺人事件』、レストランで食事をしていた語り手が、居合わせた青年から聞いた奇妙な話を語る異色短篇『ジメルマンのソース』なども面白いのですが、とくに読みごたえがあるのは『黒い子猫』『ティモシー・マークルの選択』『誰でもない男の裁判』の三編でしょう。以下、簡単にあらすじを紹介します。

 『黒い子猫』 牧師であるウォルター・スローンは、ふとした間違いから、七歳になる娘エレンが可愛がっている黒い子猫を踏んでしまいます。ウォルターは、瀕死になった子猫をひと思いに殺してしまおうと、金槌で子猫の命を絶ちます。しかし、その事実を知ってしまった娘を前に、ウォルターは悩みます…。
 罪悪感に悩まされる父親の苦悩を描いています。小粒な題材ながら、読者の「身にしみる」作品です。

 『ティモシー・マークルの選択』 学内で新聞の編集長をしているティモシー・マークルは、新聞編集のスタッフとして、デニーを招きいれます。彼は、ティモシーの父親が勤務する会社の社長の息子でした。ある日、ティモシーは親から、近所に住む老人が車に轢かれて死んだという話を聞きます。ふとしたきっかけから、その事故はデニーがおこしたものではないかと思い当たったティモシーは、思い悩みます。彼が突き付けられた選択とは…?
 倫理的な判断を迫られる青年の悩みを描いた作品。自分の人生を左右する問題に対して、彼が取った決断とは…? 結末を読者にゆだねる、リドル・ストーリーの佳作です。

 『誰でもない男の裁判』 無神論者として名を馳せる作家、エルモ・ダージョン。とある後援会の席上で「もし神がいるのなら、おれを殺してみろ!」と叫んだ瞬間、ダージョンはその場にくずれおちます。彼を撃ったのは、ジョン・ノーボディと仮の名前を付けられた謎の男。ノーボディは、神の「声」がダージョンを殺せと命じたというのです。ノーボディに対する擁護の論調が高まるなか、事件を目撃していたミラード神父は、事件の調査会に参加することになります。証言台に立ったミラード神父の胸には、ノーボディに対する一片の疑惑がありました…。
 殺人を犯した男は、ほんとうに「神の声」を聞いたのだろうか?「信仰」と「神」の問題を問いかける、異色の中編です。合理的に解き明かされる謎と、理屈では割り切れない驚愕の結末。恐るべきインパクトを持つ、間違いなくカーの最高傑作と呼べる作品です。

 紹介した三編『黒い子猫』『ティモシー・マークルの選択』『誰でもない男の裁判』に共通するテーマとしては、倫理的な問題が挙げられます。基本的なスタイルとしては、ある人間が、自分の道徳観念をゆさぶられる出来事に出会い、それに対してどう対処するのか悩む、というもの。
 小説のテーマとしては、とくに珍しくもないのですが、カーの独創性は、その倫理問題に安易に答えを出さないところにあると言っていいでしょう。『黒い子猫』でいえば、子猫を殺してしまった牧師は、娘にあやまるのが教科書的な解答です。『ティモシー・マークルの選択』においては、友人のひき逃げを告発するのが正しい行為です。しかし、現実問題として、世の中においては、正しい行為がなされるとは限らない、のです。というよりも、現実のしがらみにおいては、道徳の教科書のような模範的な行為をなす方が難しいのです。そこのあたりを、ミステリの枠を借りて語っているのが、カーの作品ではないでしょうか。
 上に見てきたように、倫理問題の提出と、それに続く主人公の逡巡、読者に解決を選ばせるリドルストーリー的な結末、というのが、カー作品の基本的な型なのですが『誰でもない男の裁判』という作品に限っては、その例外となっています。
 他の作品と異なり、この作品では、作中で、主人公の神父は積極的な(倫理的)選択をします。ただその結果、引き起こされる出来事は神父の信仰さえ揺るがすものとなっているのです。それが神や信仰にかかわることだけに、事実があるわけでも確証を得ることもできない…。この状態で、神父はどうすればいいのか? ここでもカーは答えの出ない選択を読者に委ねるのです。
 本書は、いちおう「ミステリ」という枠で書かれた作品集ですが、それにとどまらず、ひろく一般に訴える可能性のあるテーマを持っています。ジャンルに関係なく、多くの人に読んでほしい作品集ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
「虎よ、虎よ」も
「誰でもない男の裁判」は面白かったですね。
kazuouさんが挙げられた作品のほかに、「虎よ、虎よ」も好きでした。
倫理性の強くない作品は、ちょっとウィリアム・アイリッシュっぽいところがあるような気がして、そこがまた気に入っています。
【2007/09/08 15:02】 URL | タナカ #- [ 編集]

なるほど
なるほど、アイリッシュですか。たしかに似たようなところもありますね。
『虎よ、虎よ』もなかなかでした。カーは「ミステリマガジン」で『誰でもない男の裁判』のみ既読だったので、この作品集ももっと異色系のものかと思ってたら、意外とストレートな作品が多いので驚きました。でも、どの作品も最後まで読ませるのは職人芸といっていいんでしょうね。
【2007/09/08 18:51】 URL | kazuou #- [ 編集]


「誰でもない男の裁判」は単行本を読んだところ、途中から、あれ、これ読んだ覚えがあると思いました。調べてみたら、ミステリマガジンに掲載されているんですね。

「黒い子猫」も「黄金の十三」に掲載されていて読んだことがあったんですが、二つの作家が同一人物だって事には単行本になるまで思いがいたりませんでした。
印象は「黒い子猫」の方が強かったです。
出版された時に読んだきりなので、再読してみようかという気になりました。
晶文社のミステリからの撤退は残念でしたね。これも文庫化されるかなぁ。
【2007/09/09 00:10】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
そうなんですよ。『誰でもない男の裁判』はたしか、ミステリマガジンの400号記念特大号で再録されていた覚えがあります。僕も初読はあの号のはず。
そういえば、あの号は、名作短篇が目白押しで『誰でもない男の裁判』ですら、あんまり目立たなかったような気がします。じっくり読んだら、やっぱり傑作ですけどね。

『黒い子猫』も構造がシンプルだけに、読者に訴える力は強いですよね。国語の教科書なんかにとり上げてもいいぐらいじゃないでしょうか。

〈晶文社ミステリ〉は、今は河出書房が引き継いでいますが、全体的な装丁は晶文社の時の方が好みでした。
そういえば今日、新刊のリッチーの短編集を購入したのですが、続刊予定を見てビックリ! ジョン・コリアとジェイムズ・パウエルの短編集の予定が挙がってました。コリアはむかし早川のシリーズで未完になった短編集があっただけに、とても嬉しいところです。
【2007/09/09 00:25】 URL | kazuou #- [ 編集]


kazuouさん
えー!コリアでるんですかぁ!!とてもウレシイです。
過去には、一生懸命、ポケミスとかのバックナンバーを借りて、コリア読みました。

この際、モンキーワイフも(読みましたけど)復刊されるといいですよね。
【2007/09/10 19:10】 URL | fontanka #- [ 編集]

コリア
コリアはいいですよね。
『モンキー・ワイフ』も読みましたが、ものすごい作品で、唖然としてしまいました。これもぜひ復刊してほしいですね。
昔サンリオ文庫から出た二巻本選集もすごく面白かった覚えがあります。とくに天使とか悪魔が出てくる話がものすごく好きでした。
一時期コリアに凝って、短篇が載った『ミステリマガジン』も一生懸命に集めました。早川から予定されていた未刊の短編集『幻想とバラード(仮題)』でしたっけ? あれ実際に刊行されたのかと思って、探していたこともあったぐらいです。

いや、実にいい時代になったものです。
【2007/09/10 20:26】 URL | kazuou #- [ 編集]


kazuouさん
私のブログにこちらのリンクを張らせて頂いてもよろしいでしょうか?

【2007/09/10 22:53】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
どうぞ、ご自由に張ってくださってかまいません。
【2007/09/11 07:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


遅ればせながらやっとこ読み終わりました。冒頭の「黒い子猫」は朝の通勤電車の中で、途中まで「いやな話だなあ」と思いながら読んでいたのですが、その後の展開に思わず眠気も吹き飛びました(笑)。その後の「虎よ虎よ」も「誰でもない男の裁判」も、こちらの予想を遥かに超える展開や結末にすっかり魅せられてしまいました。
解説によると「誰でもない男の裁判」は映画化もされているみたいですね。なんか評価も高そうなんですけれど、あちらでもDVD化されていないみたいなのが残念。
【2007/10/14 21:54】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]


「誰でもない男の裁判」の映像化作品は、見てみたいですねえ。

「誰でもない男の裁判」は、ほんとうにワン・アンド・オンリー的な作品で、傑作だと思います。ちょっと哲学的というか神学的というか、そういう要素が強くて、エラリイ・クイーンがこの作家を気に入っていたというのも、うなづけるところですね。
どの程度未訳作品があるのかはわかりませんが、もう一冊ぐらい短編集が欲しいところです。
【2007/10/14 22:16】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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