老齢の美女  マルセル・エメ『マルセル・エメ傑作短編集』
412204586Xマルセル・エメ傑作短編集
マルセル エメ Marcel Aym´e 露崎 俊和
中央公論新社 2005-09

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 今回紹介するのは、マルセル・エメ『マルセル・エメ傑作短編集』(露崎俊和訳 中公文庫)。以前出版されたマルセル・エーメ『クールな男』(露崎俊和訳 福武文庫)の再刊です。表記が違うので、違う作家かと思ってしまいました。発音に忠実に従うとエメとなるそうです。内容は基本的に旧版と同じ。
 さて、本書には二つの系統の作品が収められています。一つは、何も不思議なことが起こらない普通小説です。『エヴァンジル通り』『クールな男』『パリ横断』がそれに当たります。エメのいつものイメージで読むと、びっくりするほどリアリズムが強い作品です。非人情な男を主人公とする『クールな男』などは、まるでハードボイルドです。これはそれなりに秀作であるのでしょうが、エメの読者としては、やはりファンタスティックな作品を求めてしまいます。
 そしてもう一つの系統の作品、これはエメお馴染みの奇想小説が収められています。『こびと』『ぶりかえし』『後退』などがこの範疇に入る作品です。
 『こびと』は、ある日サーカスのこびとが、突如成長し始め、一人前の美男子になってしまうというお話。その結果、こびとはサーカスの仲間たちから疎外されてゆくのです。哀愁を感じさせる物語です。
 『後退』は、悪魔的な頭脳を持つマルタン(!)という名の貧乏な青年が、大富豪の五人の御曹司を駆り立てて反革命の雑誌を創刊させるという物語。雑誌の名が「後退」というところが、気が利いています。労働者や革命などをおちょくる社会諷刺的な作品です。
 そして、本書の真打ちは、やはり『ぶりかえし』でしょう。奇想とユーモアがないまぜになった、典型的なエメ・スタイルの作品。
 ある日政府が、一年を二十四ヵ月にするという法案を成立させます。この結果国内の人々の年齢が、すべて半分になってしまいます。法的な年齢だけでなく、肉体的な年齢も半分になってしまうのです! 十八歳の娘ジョゼットは、二十七歳のベルトラン・ダロームと婚約していましたが、法案の影響で、肉体が九歳になってしまいます。ジョゼットは、同じく十三歳になったベルトランの愛も変わらないだろうと楽観視しますが、ベルトランは態度を豹変させます。

 「ぼくは十八歳の美しい娘に恋をした。見事なからだをした、ぼくの好みに合った腰や、腿や、胸をもった娘だ。今やきみは九歳で、ぼくの欲望をそそらない。それはぼくの意志とは無関係な事実さ。」

 しょげかえるジョゼットとは対照的に、中年や年寄りたちは大喜びです。若返った両親や祖母は、若い肉体をこれ見よがしにみせびらかします。ことに三十四歳に若返った祖母の変貌ぶりはすさまじいものでした。

 わたしをいちばん驚かせたのは祖母だった。背はすらりと高く、ほっそりとして、身のこなしはしなやかで、とてもきれいだった。一見しただけでは、顔立ちにも、からだつきにも、奇抜な身なりや、化粧や、見かけに凝って滑稽なくらいだったあの年寄りを思い起こされるものは何も見あたらなかった。

 美女に変貌した義母に対し、父親は色目を使う始末。母親も浮気を始めます。世の中の年寄りや中年たちが、わが世の春を謳歌するのに対し、もともと若かったものたちは、肉体が子どもになってしまったため、悲惨な状況に置かれます。

 わたしのすぐうしろに、六カ月の娘と九歳になる妻を連れた十一歳の男性がいた。その娘はかれらの小さな腕には重すぎたので、夫婦は交代で娘を抱いていた。町の乾物屋で店員をしている夫は職を失いかけていた。子供の力でできる仕事しかできなくなったからである。
 
 子供になった若者たちは、法案撤廃を求めて社会的な活動を開始します。ジョゼットの兄ピエールも「希望クラブ」なる団体に加入して活動に参加します。我慢の限界に来た子供たちは、政府に対して革命を開始するのです。大人たちと子供たちとの対立の結末は? そしてジョゼットの恋の結末はどうなるのでしょうか?
 何より、法律が現実の肉体に変化を起こさせてしまうというファンタスティックな設定が見事です。そしてその設定によって引き起こされる社会の混乱をユーモラスに描く著者の腕は確かです。主人公の恋をめぐるミクロな視点と、大人対子供の戦争というマクロな視点が、うまく重なり合って物語に厚みをもたらしているのです。結末もまた皮肉が効いていてなかなかの出来。
 美女になった義母に惹かれる夫、というモチーフは、『小説家のマルタン』(マルセル・エーメ『マルタン君物語』(江口清訳 ちくま文庫所収))にも見られます。エメには、突如美男子の顔になってしまう男を描いた『第二の顔』という長編もありますし、殺人犯が赤ん坊になってしまうという、タイトルそのままの『変身』という作品もあります。どうやら著者は「変身」というテーマに強い興味があったように見えますね。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんにちは。自分が読んだことがある本が紹介されると嬉しいですね。
中公文庫は、ときどきひょつこりヘンテコな本をだす印象があります。
で、すぐ見かけなくなる。油断なりません。

この短編集では、「クールな男」にびっくりしました。こういうのも書くんだなあと。
あとは、「こびと」と、それから「われらが人生の犬たち」が好きです。
設定が奇抜でも、そうでなくても、、構成は緊密。
これがこの作者の魅力でしょうか。
みごとな語り口です。

「マルタン君物語」は読んだことがありません。そのうち読んでみたいです。
【2006/11/24 00:06】 URL | タナカ #- [ 編集]

エーメ(エメ)
そうですね、中公文庫は、ときたま珍しい作品を出してくれます。
タナカさんもエーメ(どうもこの「エメ」という表記は馴染みにくいです)お好きでしたか。僕もこの作家は大好きで、手に入る限りの邦訳は集めて読みました。
ファンタスティックな奇想小説にまじって、おどろくほどリアリズム系の作品が混じっているところにも、驚かされますね。奇抜な設定の作品の中に混じっているだけに、変に際立ってくるところもあります。
『こびと』は、ユーモラスな設定のなかにも一抹のペーソスが感じられるところがいいですね。
『マルタン君物語』はエーメの最高傑作!(だと思っている)ので、オススメですよ。
【2006/11/24 07:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


フランスものはどちらかというと苦手なのですが、「壁抜け男」はすごく良かったです。
パリ横断は映画になってますよね。ジャン・ギャバン主演で、私はちゃんとみていないんですが、夫がなんとなく見ていて気に入ってました。
後でエーメが原作と知りました。

パリには、「壁抜け男」(まさに壁から出てくるところ)の彫刻もあるくらい。エーメって人気ものなんですよね。
【2007/10/31 13:05】 URL | fontanka #- [ 編集]

エーメ
ガリマール叢書でしたか、フランスではエーメは「文豪」あつかいと聞いて、こういう作家を認めてくれるフランスは、間口が広いなあ、と思いました。

『壁抜け男』は、やっぱり不朽の名作ですね。以前角川文庫でエーメの短編集が出ましたけど、どれも邦訳のあるものばかりでがっかりしました。もっと未訳の面白い作品がありそうなんですけどね。
【2007/10/31 21:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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