幽霊を感じるために  イーディス・ウォートン『幽霊』
4861821339幽霊
イーディス・ウォートン 薗田 美和子 山田 晴子
作品社 2007-07

by G-Tools

 わが国では、印象的な怪奇小説『あとになって』で知られるアメリカの女流作家イーディス・ウォートン(1862-1937)。彼女のゴースト・ストーリーを集めた作品集『幽霊』(薗田美和子、山田晴子訳 作品社)が刊行されました。
 劇的な展開などは、あまりありませんが、じわじわと高まる緊張感、無気味な余韻を残す結末といい、ゴースト・ストーリーの醍醐味を満喫させてくれる作品ぞろいとなっています。

 『カーフォル』 友人のランリヴェンにすすめられて、ブルターニュ地方で売りに出されている館を下見に訪れた「わたし」。しかし、その館カーフォルに管理人はいませんでした。いたのは「わたし」を威嚇するかのような態度をとる数匹の犬だけ。不審に思いながらも、引き返した「わたし」の話に、ランリヴェン夫人は驚きます。「ほんとうに犬を何匹もごらんになったの? カーフォルには一匹もいないんですよ」。
 不思議な犬の幽霊が出るという館カーフォル。そこには数百年前に起こったある事件が影を落としていたのですが…。
「犬の幽霊」という珍しい題材を扱った怪奇小説です。原因となる過去の事件が後半に明かされるというオーソドックスな展開ながら、過去の因縁話のパート自体が、ゴシックロマンス風で楽しめます。ランリヴェン夫人の話によって、語り手が見たものが幽霊だとわかるというシーンは、なかなかショッキングです。

 『祈りの公爵夫人』 イタリア、ヴィンチェンツァのある別荘を訪れた男は、礼拝堂に飾られた女性の彫像に目を惹かれます。ベルニーニ作と伝えられるその彫像は見事な出来ながら、その女性の表情には、恐怖が表れていたのです。管理人の老人は、祖母から聞かされたという、不思議な話を語ります。その彫像は、最初はそのような表情をしていなかったというのです。ある時を境に、恐怖の表情が張り付いてしまったのだと…。
 『カーフォル』同様、数百年前に起こった因縁話が語られます。陽気で若い妻と、初老の夫。夫から外出を禁じられていた妻は、夫の親類である若い男性に惹かれていきますが、ある時、悲劇が起こってしまいます。起こった出来事を直接的に描写せず、遠回しにぼかす表現が効果を上げています。

 『ジョーンズ氏』 ふとしたことから、由緒のある古い屋敷を相続することになったレイディ・ジェイン。屋敷を下見に訪れた彼女は、使用人の娘から中に入るのを拒否されてしまいます。「ジョーンズさんが許してくれないので」と。やがて館に住むことになったジェインは、ことあるごとにジョーンズの存在を感じはじめます。館に長く住み続けているというジョーンズは、この屋敷のほとんどを取り仕切っているようなのです。しかし会いたいといっても、家政婦のミセス・クレムは、病気だといって決して会わせてくれません…。
 姿をまったく見せないにもかかわらず、圧倒的な存在感で館を牛耳るジョーンズ氏。彼はいったい生きているのか死んでいるのか? ミセス・クレムが語りたがらないジョーンズの秘密とは? 因縁話が付け足されるものの、それでも割り切れないジョーンズ氏の存在感が強烈です。
 
 『柘榴の種』 新婚間もないシャーロットは、夫ケネスと幸せな生活を送っていました。前妻を亡くして、意気消沈していたケネスも、シャーロットとの結婚で、元気を取り戻していたのです。しかし新婚旅行の直後から、夫あてに差出し人のない手紙が届くようになります。定期的に届けられるその手紙を見るたびに、ケネスに苦悩の表情が表れます。昔の恋人からの手紙ではないかと疑うシャーロットは、夫を問いつめますが、その内容については全く話してくれません。そしてある日夫は姿を消してしまうのですが…。
 幸せな結婚生活に影を落とす前妻の影。具体的な怪奇現象は全く起こらず、起こるのは夫あてに届く手紙だけ、というのが、逆に効果を上げています。結末にいたっても、前妻の具体的な情報はほとんど示されないため、夫の失踪が超自然的な現象と関与しているのかどうかも、曖昧なままになっているところが特徴的です。

 『ホルバインにならって』 初老を迎えた男アンソン・ウォーリーは、かっての社交界の寵児であり、今でもそれなりの自負を持っていました。このところ、目まいと混乱に襲われがちなウォーリーは、気が付くとジャスパー夫人の屋敷の前にいます。一方、脳の病気で介護生活を送るジャスパー夫人は、かっての晩餐会のことが忘れられず、昔と同じように振る舞って、周りの人々を困らせていました。しかしその夜、招待状を受け取ってもいないウォーリーが館に現れ、ジャスパー夫人と晩餐会を始めます。二人の目には、他にたくさんの招待客が見えているようなのです…。
 痴呆が進む老婆と初老の男の奇妙な晩餐会が描かれます。招待客はすでに死んだ人々なのだろうか? そして結末において、さらなる驚愕が待ち構えています。非常に技巧的なゴースト・ストーリーです。

 『万霊節』 語り手の「わたし」は、従妹のセアラから奇妙な話を聞かされます。夫を亡くした後も、なじみの屋敷に住み続けていたセアラは、万霊節の前夜、散歩の帰路、見知らぬ女性を見かけます。屋敷の娘に会いに行くという、その女性を追いこしたセアラは、ふとしたことで足首を捻挫してしまいます。折りから外は雪になり、絶対安静を命じられたセアラは、ベッドで過ごすことになります。しかし、翌日の朝、待てど暮らせど使用人が誰も部屋に現れません。訝しく思った彼女は、痛む足を引きづりつつ、館の中を歩き回りますが、驚いたことに、だれひとりとして人間がいる気配がないのです…。
 作品中でも言及されますが、乗客が全員消えてしまったという「マリー・セレスト号」の話から、インスピレーションを得たと思しい作品です。大雪の中、まったく人気のない館を歩き回るシーンの無気味さは比類がありません。結末で、超自然現象の原因が、スコットランド出身のメイドにあることが仄めかされますが、大部分は謎に包まれており、余韻を残しています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
これから読みます!

今日行きつけの書店へ寄ったら、やっと入荷していましたので今晩早速読みます。

『鼻のある男』と同様なボリュームを予想していましたが、思いの外厚く、楽しめそうです。
作品世界の雰囲気を醸し出している表紙といい、巻末の解説といい、訳者の矜持というか、こだわりを感じます。

作品ごとに舞台となる国が異なるせいか、当初のタイトルが『幽霊物語の旅』とされていたのもうなずけますね。

欧米の怪奇小説・幽霊譚というと、どうしても作者の顔ぶれが決まってしまって、再録が重なる傾向にありますが、既訳が少ないという部分でもウォートンのこの選集は価値ある一冊だと思います。


【2007/08/01 16:45】 URL | newt #- [ 編集]

>newtさん
『鼻のある男』もそうでしたが、ウォートンの怪奇小説集が出るとは、嬉しい驚きでした。タイトルがただ『幽霊』、というのもある種思いきった感じですね。

一編がわりと長めの作品が多いので、読みごたえがあります。幽霊そのものが直接的に現れるというよりは、間接的に暗示されるものが「あとになって」わかるというタイプの作品が多かったです。
『カーフォル』とか『祈りの公爵夫人』は、因縁話が付け加えられていて、そういう意味では「古いタイプの怪談」なんですけど、ゴシックロマンス風のエピソードは、物語としても楽しめます。

怪奇小説愛好家としては、ぜひ読むべき一冊ですね。
【2007/08/01 18:19】 URL | kazuou #- [ 編集]

日本の夏、怪談の夏
西洋怪談も出ていましたか! しかも女流作家だから必読ですね。
怪談漬けの夏になりそうですが、まあシーズンですから。
もっとも英国では確か冬が怪談シーズンだったでしょうか。
【2007/08/02 22:23】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

買いでしょう
ウォートンの怪談集なんて出るのは、これが最初で最後でしょうね。
とはいえ、最近はほんとうに何が出てもおかしくないので、さりげなく他の作家の怪談集も期待してしまうところです。

海外の古典怪談に慣れてしまうと、怪談シーズンは冬の方がふさわしいような気がしてきますね。
【2007/08/03 08:29】 URL | kazuou #- [ 編集]


kazuouさんこんばんは、先日はコメントありがとうございました。

「あとになって」は「ダールの幽霊物語」でも1,2を争うインパクトのある話でした。
あの話はオチがはっきりしていたので、今回の「ゴシック風」の貴族夫婦の不仲の話は、うーーん真相が知りたいとちょっと(幽霊物語だから仕方ないかもとも思いながら)欲求不満でした。「ジョーンズ氏」はその存在だけで充分「話」になると思うので、「肖像画のレディ」の話はない方がよかったような気がしてしまいました。
ウォートンはどうしても「夫婦の不仲」に結びつけるのか?と思ってしまいました。
では
【2007/08/24 22:24】 URL | fontanka #- [ 編集]

そういえば
上の方のコメントを見て気付きましたが、あまり幸せな夫婦が出てきませんでしたね。笑
唯一、幸せそうだった『柘榴の種』も、あんなでしたし。
あの手紙も怖かったです。
(筆跡は薄墨なの?と思って、香典袋を思い出してしまいましたが)
こういう物語を読むと、自分の中の普段使っていない感覚を試されるようで、その感触が面白いなぁ、と思います。
曖昧なもの、しかとは描かれないものに、反応するアンテナが残っているのか?、という感じで。
こちらからもトラバいたしました♪
読み逃していたようで、助かりました。
【2007/09/29 00:16】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

ほのめかし
まあ、幽霊物語ですから、幸せな夫婦は出しにくい、というのはあるかも(笑)。
ただ、それを差し引いても、やたらと男女関係的な要素が出てくるのは、この作家の特徴なんでしょうか。

「普段使っていない感覚を試される」というのは、なるほどと思いました。幽霊物語だと、基本的には「暗示」や「ほのめかし」といった要素が強くなりがちですし、読む方もそれを敏感に嗅ぎ分けないと、作品を味わい切れない、といった点もあるんでしょうね。ロバート・エイクマンなんかは「暗示」の極致ですもんね。
【2007/09/29 07:21】 URL | kazuou #- [ 編集]

失踪
欧米のゴースト・ストーリーの作者、特に女流作家は、日常生活の亀裂を良人や子供、友人の失踪にからめて描き、主人公の動揺、焦燥、悲しみにともなって、幽霊の因果を暗示させるパターンの作品が多いように思います。

ウォートンのこの作品集や『あとになって』、本ブログでも採りあげられたローダ・ブロートンの『鼻のある男』やアミリア・エドワーズの『第三の窯』、ローズマリー・ティンパリーの『ハリー』等、意外と多くあるように思います。

『柘榴の種』については、亡き妻の仕業と思わせるヒントらしき表現が前半で何ヶ所かありましたね。

ウォートンの『ゴースト序文』の中の「読書も書くことと同様に、創造的行為であるはずです」という言葉は、本読みにはうれしい一言でした。
【2007/10/03 20:04】 URL | newt #- [ 編集]

女流作家は
おっしゃるとおり、女流作家のゴースト・ストーリーは、怪奇現象そのものが主眼というよりは、それを通して人間の情感を描く、といった作品が多いような気がします。その分、ウエットな感じになってしまうことが、ままありますが。
ティンパリーの『ハリー』なんか、その辺のバランスがじつによくとれた名作だと思います。

『柘榴の種』も、この短編集の中では、かなり好きな作品ですね。最後まで真実がはっきりせず、読者の想像の余地がずいぶんあるので。まさに「創造的行為」の実例的な作品だと思います。
【2007/10/03 22:04】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「幽霊」/ゴースト・ストーリイ

イーディス・ウォートン, 薗田 美和子, 山田 晴子 「幽霊 」作品社比較的新しい本(2007年8月初版第1刷発行)だったため、最近の作品と勘違いして借りてきたのだけれど、著者のイーディス・ウォートンは生年1862、没年1937年と、古き良き時代のお人なのでありまし 日常&読んだ本log【2007/09/28 23:48】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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