基本的に、ただ走って逃げるだけの物語が、これほどサスペンスを生み出すとは! ウィリアム・ゴールドマン『マラソン・マン』は、期待をいい意味で裏切ってくれる、傑作サスペンス小説です。 偉大なマラソン・ランナーに憧れる、歴史学生リーヴィは、アカ狩りの犠牲となった父の無罪を証明しようと勉学に励んでいました。しかしある日、ただ一人の肉親である、兄のドックが何者かに殺されたことから、いわれなく命を狙われるようになります。ドックは政府のエージェント、いわゆる「殺し屋」であり、仕事でナチの残党のダイヤモンドの運び屋をしていたことが明らかになります。ナチの残党はリーヴィが、ドックから何かの情報を託されていると疑っており、そのためにリーヴィを捕らえようとします。リーヴィは彼らから逃げ切れるのでしょうか? カットバック形式で、リーヴィのパートと、殺し屋シラのパートが交互に描かれるのですが、最初はシラの正体は明かされません。お人好しで不器用なリーヴィと、殺し屋でありながらロマンチストであるシラと、それぞれの人物造形は素晴らしい出来栄えになっています。 リーヴィは、武術の心得があるわけでもない、ただマラソンが好きな一般人です。組織に狙われても、彼にできるのは、走って逃げる事だけ。その意味で、素人が事件に巻き込まれる「巻き込まれ型サスペンス」に分類できる作品でしょう。 この作品の素晴らしいところは、素人が自分に出来る限りの手段で(この場合マラソンですが)、敵に反撃をする、というところにあります。B級ハリウッド映画のように、素人のはずなのに、いきなりアクションし始める、というご都合主義はありません。 基本的に反撃手段がマラソンなので、あまり派手な展開はないと思ってしまいがちですが、そこは才人の作者、全く飽きさせません。 味方だと思っていた人物が敵だったりと、中だるみしそうになったころ、要所要所で繰り出されるドンデン返しも、サスペンスを上手く持続させています。まさに「手練れ」というべき、サスペンスの一級品です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
|