時の海を渡って  ミロラド・パヴィチ『風の裏側』
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風の裏側―ヘーローとレアンドロスの物語
ミロラド パヴィチ Milorad Pavi´c 青木 純子
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 ミロラド・パヴィチ『風の裏側』(青木純子訳 東京創元社)を手に取って、まず驚かされるのは、その造本。中央の水色のページを境にして、それぞれ別の物語が、前後で逆に印刷されています。つまり、表と裏、どちらから読みはじめてもよいのです。そして、二つの物語が出会ったとき…、何とも秀逸なアイディアに満ちた本です。
 二つの物語のうち、ひとつは、17世紀の青年レアンドロスの物語、そしてもうひとつは、現代の女子大生ヘーローの物語です。
 レアンドロスのパートは、青年レアンドロスが、戦争や運命に翻弄されながらも、さまざまな冒険を繰り広げるという、冒険小説風の作品。代々、石工の家系に生まれ、その技術も身につけたレアンドロスは、しかし不思議な因縁から、旅回りの楽器奏者になり、そしてまた商人になります…。
 ヘーローのパートは、ちょっと風変わりな女子学生ヘーローの、不思議な日常を描いた作品です。家庭教師をすることになった家での、不思議な体験。二人の子供を教える約束だったのに、いつも現れるのは男の子ひとりだけ。もう一人はいったいどこに…? そしてレアンドロス同様、悲劇的な最後を遂げるヘーローの運命とは?
 どちらの物語も、古代の恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』を元にしているだけに、物語のところどころに、そのイメージが頻出します。ヘーローが、家庭教師先で教材に使う本が『ヘーローとレアンドロス』だったり、レアンドロスがラテン語の勉強をするときに使った物語が『ヘーローとレアンドロス』だったりします。
 ちなみに、恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』とは、次のような物語です。海峡を隔てた町の巫女ヘーローと恋に落ちた青年レアンドロスは、彼女に会うために、夜毎に、ヘーローの掲げる炬火の明かりを頼りにして、海峡を泳いで渡っていました。しかしある嵐の夜に、明かりが風に吹き消されてしまいます。方向を見失ったレアンドロスは溺死し、ヘーローも後を追う…という物語。
 そしてよく本を見ると、『風の裏側』という作品自体が、『ヘーローとレアンドロス』を再現したものであることがわかります。本の中央にはさまれた水色のページは、ヘーローとレアンドロスを隔てる「海」というわけです。しかもそれは「場所」だけでなく「時」もまた隔てているのです。
 二つの物語が出会う、といっても、技巧的なミステリやサスペンスとは、趣が違います。あくまで出会いは象徴的なそれであって、その意味では、読み終わってもピンと来ない向きもあるかもしれません。物語の全てのピースが当てはまって、謎が解かれる…というわけではないのです。
 その点、もどかしい読後感が残るのも事実なのですが、その幻想的な手触りは一読の価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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