ドラマの天才  マリオ・バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』
4336035989フリアとシナリオライター
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa 野谷 文昭
国書刊行会 2004-05

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 ペルーの作家、マリオ・バルガス=リョサの『フリアとシナリオライター』(野谷文昭訳 国書刊行会)は、作者の生涯をもとにしたという半自伝的小説。とはいえ、その内容はシリアスなものではなく、スラップスティック風のコメディに仕上がっています。
 作家に憧れる18歳のマリオは、大学に通いつつ、ラジオ局でニュース担当として働いていました。そんなおり、局は、天才と言われるシナリオライター、ペドロ・カマーチョを招聘します。彼の書くシナリオは、あっという間にペルー中の話題をさらい、人気を博するようになります。
 一方、血のつながらない義理の叔母フリアが、マリオの叔父のもとに滞在することになります。離婚したばかりの、まだ若く魅力的なフリアに惹かれたマリオは、彼女と恋に落ちます。ところが親戚中の猛反対に会ってしまいます。
 時を同じくして、カマーチョの書くシナリオがおかしくなりはじめます。登場人物も筋も、常軌を逸したものになりつつあったのです。
 マリオとフリアの恋の行方は? そしてカマーチョのドラマの行方はいったい?
 主人公マリオとフリアのラブストーリーをメインとして、ラジオ作家ペドロ・カマーチョのドラマが、間にはさまれる体裁の作品です。中心となるラブストーリーもなかなか面白いのですが、作中作となるカマーチョのドラマが、これまた面白いのです。
 結婚式当日に突然倒れる花嫁と、花婿を殺そうとする花嫁の兄をめぐる物語、とか、巡回中に見つけた謎の黒人殺害を命じられた軍曹の物語、とか、愛する家族に襲撃されるネズミ駆除に執念を持つ男の物語、など、そのどれもが奇想天外なものばかり。主人公はきまって、鷲鼻で額の広い50男なのがおかしさを誘います。しかも、ストーリーは、がぜん面白くなるところで打ち切られます。「~はどうなってしまうのか」と、つづきもののナレーションのような文で終わってしまうのです。
 時を経るにしたがって、カマーチョの精神状態は不安定になり、ドラマも次第に変調をきたしてきます。他のドラマの登場人物が、違う役割で登場したり、死んだはずの人物がまた死んだり、挙げ句の果ては大地震で登場人物が全員死んでしまったりするのです。
 さて、このカマーチョのパートが、メインのラブストーリーにからんでくると思いきや、全くからんできません。2つのストーリーは平行線をたどるだけなのです。これが、もしSFやファンタジーだったなら、変調をきたしたカマーチョのフィクションが、現実を侵食する、といった形になるのでしょうが、この作品の場合、そういうことはありません。
 主人公マリオとフリアのラブストーリー自体は、それなりに面白いものの、とりたてて書き立てるほどのこともありません。それだけに、カマーチョのパートと上手く絡ませてくれたら、もっと面白くなったのではないか、と思わせるところもあります。
 作中では、マリオはカマーチョに憧れを抱いている、という設定になっているのですが、それもカマーチョの文学的な業績に対して、というわけでもありません。そもそもマリオはカマーチョの作品自体を評価しているわけではないのです。何しろドラマを実際に聞いてさえいません。ただ、周りの人たちからの絶賛や、カマーチョ自身のキャラクターに対して、表面上の憧れを抱いているにすぎません。結局のところ、主人公にとってカマーチョの作品は「文学」ではないのです。
 それが端的にあらわれているのが、結末の対比でしょう。文学に打ち込んだ主人公は認められ、メロドラマに精神をすり減らしたカマーチョは落ちぶれてしまうのです。主人公が、小説の習作として考えている短篇の筋が、いくつか作中であらわれるのですが、それらもわりと幻想的だったり、奇想天外だったりします。それらは文学というより、実際はカマーチョのドラマに近いものだったりするのです。そのあたりの皮肉が、作者の狙ったところだとすると、なかなか一筋縄ではいかない作品、といえるかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
読んだことあります!
自分が読んだことある本が紹介されると、なんだかうれしいです。
この本は、告知から出版までずいぶん間があいて、ようやく読めると思ったおぼえがあります。

そう、フリアとのラブストーリーとラジオドラマとは、からまないんですよね。
半分くらいまで読むと、こういう小説なんだなあと、ルールがわかってくるのですが。
ラジオドラマのほうが盛り上がるので、ラブストーリーはかすんでしまった印象がありました。
結末のkazuouさんの解釈も面白いです。
個人的には、あのカマーチョのあつかいは、メロドラマ的ラブストーリーの破綻をたとえているのかな、などと思ったり。
でも、作者は絶対メロドラマが好きですよね。
でないと、あの密度感はだせないと思います。
【2007/05/09 23:06】 URL | タナカ #- [ 編集]

>タナカさん
この作品、〈文学の冒険〉シリーズの初期のころから告知されていましたよね。
やたらと時間がかかっていたので、ものすごく実験的で翻訳が難しいのかと思ってたんですが、思っていたより普通の作品でした。
そうそう! ラジオドラマ部分のほうが、ずっと面白いんです。そもそもカマーチョのドラマを、物語に組み込む必然性はあまりないわけだし、やっぱり作者はなんだかんだ言って、メロドラマが好きなんだと思います。
【2007/05/10 06:54】 URL | kazuou #- [ 編集]

ラジオドラマ以外のほうが
はじめまして、このサイトで紹介された作品を探して読んでいますが、年齢のせいか、なかなか読了できません。
「フリアとシナリオライター」は珍しく読めました。私には、主人公とフリアの運命のほうが気にかかって、面白かったです。ラジオドラマのほうは、主人公への興味が激しく中断されるような気がして、途中から苦しくなりました。それでもよく読ませるほうで、両方飽きさせずに引っ張るのはすごい筆力と思います。
【2009/02/11 05:57】 URL | しんご #- [ 編集]

>しんご さん
しんごさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

個人的には、ラジオドラマ部分の方が面白かったのですが、たしかにメインストーリーが細切れになってしまうので、気になる方もいるでしょうね。でもあの分裂具合がこの作品の魅力の一端でもあると思っています。
細切れとはいえ、語られるエピソードのひとつひとつが、それぞれ魅力的だというのは、考えたらすごいことですよね。
【2009/02/11 13:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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