個性のない男  ジャージ・コジンスキー『庭師 ただそこにいるだけの人』
4870316579庭師 ただそこにいるだけの人
ジャージ コジンスキー Jerzy N. Kosinski
飛鳥新社 2004-12

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 ピーター・セラーズ主演の映画化でも有名な、ジャージ・コジンスキー『庭師 ただそこにいるだけの人』(高橋啓訳 飛鳥新社)は、何とも不思議な味わいを持った寓話です。
 少しばかり知恵が足りず、それまでの生涯を、ずっとある屋敷内の庭で過ごしてきた庭師チャンス。彼は、外の世界のことも全く知らず、庭とテレビのことしか知りません。主人の死によって、屋敷を出て行かざるを得なくなったチャンスは、ふとしたことから、大物銀行家の夫人の車と接触事故を起こしてしまいます。銀行家夫妻に気に入られたチャンスは、大統領とも会見することになり、たちまちのうちに時の人となってしまうのですが…。
 大した実力も知性もないのに、勘違いや巡り合わせで、のし上がってしまう、というのはそれこそコメディの世界ですが、その種の作品の場合、だいたいにおいて主人公は、ちっぽけな小悪党だったり、または変化を望まない小市民だったりすることが多く、それがまた、おかしみを倍増させるわけです。
 本作品が、それらの作品と異なる点は、主人公のチャンスには、とくに成功したいとか、人に認められたいという欲望自体が存在しない、というところです。主人公の欲望や意志がそこにある限り、それが人間関係を築く魅力ともなるわけですが、チャンスはただそこにいるだけ。周りの人間が、勝手に解釈をし、いいようにとらえてしまうのです。
 つまりは、個性がないことが個性とでもいうのでしょうか。平々凡々、というのとは違います。チャンスは無色透明であって、そこには何もないのです。そして、それゆえに、人が自らを移す鏡でもあるのです。
 無学で、庭のことしか語ることのできないチャンスの話が、含蓄をもった例えとして、周りには理解されてしまうおかしさ。銀行家の夫人にせまられても当惑してしまうチャンスの哀しさ。
 勝手に自分の意見を反映してしまう、周りの人間のおかしみと対照的なのが、何もないチャンスの哀しさ。小説の褒め言葉として「人間が描かれて」いるという言い回しがありますが、そういう意味で言うと、この作品には「人間が描かれて」いません。何しろチャンスには、人間的魅力がまったくないのだから。
 一般的な意味でのリアリティが全くないにもかかわらず、不思議な魅力をもった作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
こんばんは♪
kazuouさんの記事を読んでものすごく興味があります。
勘違いや巡り合わせでのし上がってしまうという現実では比較的ありえない設定というのはやはりコメディタッチになってしまうのかな?
しかしkazuouさんの感想を読んでると主人公の哀しさという部分が引っかかるよ~。人間的魅力もないとのことですが、ラストは一体・・?!気になる~!

ピーター・セラーズは知ってましたが映画『チャンス』は知りませんでした。
小説と映画、うーん、どちらを先に読めば(観れば)いいんだろう。
【2007/04/22 23:05】 URL | TKAT #- [ 編集]

コメディともちょっと違うかな
いやあ、これ何ともいいようのない雰囲気の作品ですね。
題材としてはコメディなんだけれど、主人公の性格設定がコメディになることを抑えている…とでもいった感じでしょうか。こればかりは読んでみないと、説明しにくいんですが、とにかく、読んで損のない作品です。

映画版も名作だと思うけど、個人的にはあまり好きにはなれませんでした。やっぱり原作を先に読むべきだと思いますね。
【2007/04/23 06:55】 URL | kazuou #- [ 編集]

不思議な話
話そのものも不思議な話だったんですが、作者自身も謎に包まれた人でしたね。
この話は、なんとなく作者自身の物語だったんじゃないのかって思ったりもしています。
そういう意味では、小説の方はコジンスキーの物語だけども、映画の方はどんな役でも演じきってしまう俳優がが無垢を演じきったということでピーター・セラーズの物語になってしまっているんじゃないでしょうか。
【2007/04/23 20:03】 URL | Takeman #- [ 編集]

>Takemanさん
作者のコジンスキーは、人生そのものも不思議な生涯を送った人だったようですね。
『庭師』にも、それが反映されているのかもしれません。
映画は「ピーター・セラーズの物語」になってしまっている、という意見には、なるほど、と思いました。
【2007/04/23 20:17】 URL | kazuou #- [ 編集]

こんばんは。
早速図書館で借りてきました。
思ってたよりページ数も少なく字も大きかったのでサクサクっと読めました♪(←なんだか小学生のような感想ですね(笑))。

>チャンスは無色透明であって、そこには何もないのです。
確かにそうですね。ホント何もない。性描写のシーンでも彼には欲望という本能もないんですもん。人間的欲望が何もないのに周りの勝手な勘違いで事が進んでいく様子は面白く読めました。
最初、『フォレスト・ガンプ』に似てるかなと思ったのですが、こちらの主人公は足が速いという才能があったし、感情も持ち合わせていて人間味があり話好きから違いますね(そう考えると全然違ったりして)。

TBさせていただきましたのでよろしくです♪
【2007/06/05 21:27】 URL | TKAT #- [ 編集]

>TKATさん
この作品、短くて読みやすいのも長所ですね。
周りの人間の勘違いで事態がエスカレートしてしまう、というスラップスティックのはずなのに、主人公のキャラクターがそのコメディ部分を中和してしてしまっているような感じのする、不思議な作品でした。
【2007/06/06 06:35】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「庭師 ただそこにいるだけの人」 ジャージ・コジンスキー

『庭師 ただそこにいるだけの人』 BEING THERE 著者:ジャージ・コジンスキー (Jerzy N. Kosinski) 訳者:高橋啓 出版社:飛鳥新書<簡単なあらすじ>チャンスは孤児で幼い時からある家の庭 TK.blog【2007/06/05 21:26】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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