どこまでも残酷に  ティム・クラベ『失踪』
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失踪
ティム クラベ Tim Krabbe 矢沢 聖子
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 もし最愛の女性が失踪したら、あなたはどうしますか? そしてその生死さえも、わからないままだとしたら、その状態に耐えられますか? 今回はそんなお話、オランダの作家ティム・クラベの『失踪』(矢沢聖子訳 NHK出版)です。この作品、アメリカで、ジョージ・スルイザー監督『失踪』として映画化されています。もともとオランダで作られたオリジナル版映画のリメイクなのですが、あまりに残酷なストーリーのため、リメイク版は結末を変えたという、いわく付きの作品。
 レックス・ホフマンは、恋人のサスキア・エイルベストと一緒にドライブをしています。二人は喧嘩になりかけますが、仲直りをし、ガソリンスタンドに車を止めます。サスキアは飲み物を買ってくるといって店の中に入っていくのですが、しばらくしても戻ってきません。心配になったレックスは店の中で周りの人間にサスキアのことを尋ねるのですが、誰も彼女の行方を知らないのです。

 「わたしって、気まぐれなところがあるの。」彼女は繰り返し彼に念を押したものだが、たとえ彼が恋人として完璧でなく、今後もそうなるとは期待できないことを一瞬のうちに悟ったとしても、こんなふうに彼を置き去りにするとは考えられなかった。

 結局サスキアは見つからず、レックスの前から姿を消します。そして数年後、新たな恋人を得たレックスでしたが、サスキアのことを忘れられず、新聞に情報を求める広告を出します。その直後、サスキアのことを知っているという男が現れるのです。ルモルヌと名乗る男は、サスキアのことが知りたければ自分の言うとおりにしろといいます。レックスは男に従ってルモルヌの車に乗り込みます。ルモルヌは、かってサスキアが消えたガソリンスタンドにレックスを連れて行くのです! そこでルモルヌが差し出したのは、プラスチックカップに入った液体。

 「なんです、それは?」
 「催眠剤です。十五分たったら効いてきます。そのあいだに、起こったことの最初の部分を話してあげましょう。さあ、お飲みなさい。」


 あまりにも一方的な、有無を言わせぬ申し出。レックスはこのカップを飲んでしまうのでしょうか? そしてサスキアの行方は?
 はっきり言って、かなり救いのない作品です。恋人の行方を捜し続けるレックスの執念とは対照的に、ルモルヌの異常性は際だっています。その人物像は凡百のサイコスリラーを一蹴します。非常に残酷なのですが、肉体的な残酷性ではありません。あくまでも心を痛めつける精神的な残酷性なのです。罠と知りつつ、犯人の術中にはまってしまうレックスのいたいたしさとも相まって、酷薄な印象を与える作品です。全くカタルシスが得られないので、覚悟して読む必要があるでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

これアメリカ版の映画は観ました。そっちは確か新しい恋人とハッピーエンドだったけど、原作は違うのですね。気になるから見かけたら覚悟して買って読んでみようかなあ。
【2006/02/23 22:26】 URL | そら #RVrY2Fsw [ 編集]


 そうなんですよ。アメリカ版の映画はもう完全にハリウッド風味でした。あれは、新しい恋人が主人公を助けたりしてましたけど、原作では全然助けにならないどころか、後半まるで出てもこないです。アメリカ版も前半までの主人公の苦悩を描く部分は、なかなかだったと思うんですけどね。
 で、原作ですが、普通は失踪した恋人が見つかるか、そうでなくても主人公がそれを通して成長するとか、なんらかのプラス方面の展開を期待するわけですが、それがことごとく裏切られます。これはっきり言って、たいていの人は怒るんじゃないかと思いますよ。救いがないという以前に、掟破りという感があります。
【2006/02/23 23:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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