近年、再評価が進みつつある作家、マイケル・イネスの作品は、一応ミステリに分類されてはいますが、その肌触りには、むしろファンタジーに近いものがあります。『アプルビイズ・エンド』(鬼頭玲子訳 論創社)も、そんなファンタジー色の強い一編。 スコットランド・ヤード警部ジョン・アプルビイは、列車の中で、百科事典を編纂しているという風変わりな男エヴァラード・レイヴンと出会います。時刻表の手違いから、途中下車せざるを得なくなったアプルビイは、エヴァラードの屋敷に泊まることになります。風変わりなレイヴン家の人間は、みな芸術的な才能を持っているといいます。エヴァラードのいとこたちに紹介されたアプルビイは、彫刻家のジュディスに心を惹かれます。 ところが直後に、召使いのヘイホーが首まで身体を雪の中に埋めた状態で発見されます。それは、昔一世を風靡した小説家、ラヌルフ・レイヴンの未発表の小説どおりだというのです。そして、つぎつぎとラヌルフの小説どおりの出来事が起こり始めます。しかも、アプルビイが降り立った駅の名は、アプルビイズ・エンド…。 小説通りの出来事が次々と現実になるという、テーマからしてファンタジー風の作品ですが、一応は、現実の枠内で事件は解決されます。とはいえ、その肌触りは、やはりファンタジーのそれに近いでしょう。 注目したいのは、そのファルス志向。冗談と言っても構いませんが、作品世界全体が、冗談でできているかのような印象を受けます。 何しろ、最初から最後まで、登場人物たちは、それぞれ冗談を飛ばし続けるのです。殺人に対しても、周りの人間は大して気にもとめません。ミステリにおける人間の死が、リアルな血を伴わない「記号」でしかないというのは、以前から言われていた問題ですが、この作品では、それが極端に誇張されているのです。殺人の被害者ヘイホーの死は、まさに「冗談」として描かれています。 探偵役のアプルビイでさえ、例外ではありません。最終的に真相に到達するとはいえ、レイヴン一族の壮大な冗談に喜んでつきあい続けている感さえあります。 本格ミステリのファンからすると、ある意味、許せない作品かもしれませんが、冗談小説、ファンタジーとして見ると、とても面白い作品です。いわゆる「本格」に思い入れのない方の方が楽しめるでしょう。さらに付け加えるなら、ある程度ミステリを読み込んで、ミステリのジャンル的な決まり事がわかっていて、なおかつ「本格」にこだわらない人、にはもっと楽しめる可能性があります。 あとひとつ、作中で言及される小説家ラヌルフの作品のあらすじが、もう少し魅力的であれば、もっと面白くなったような気もします。ただその陳腐さが、ある意味、作品中の肝にもなっているのが、心憎いところです。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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