怪奇への情熱  紀田順一郎『幻想と怪奇の時代』
4879842508幻想と怪奇の時代
紀田 順一郎
松籟社 2007-03

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 名翻訳家、平井呈一を顧問に迎えた、わが国初の本格的なアンソロジー『怪奇幻想の文学』(新人物往来社)、伝説の怪奇小説専門誌『幻想と怪奇』(歳月社)、質量ともに、いまだにこれを超えるものがない記念碑的な叢書『世界幻想文学大系』(国書刊行会)。どれも、このジャンルのファンなら、お世話になったであろうシリーズです。これらの企画に関わり、戦後の怪奇・幻想文学の翻訳紹介を進めてきた功労者と言うべき人物が、紀田順一郎です。本書『幻想と怪奇の時代』(松籟社)は、そんな著者の回想と批評を収録しています。
 全体は、2部に分かれていて、第1部が書き下ろしの回想、第2部が解説やエッセイの再録、という作りになっています。第2部に収録されているのは、ゴシック・ロマンス、ブラックウッド、M・R・ジェイムズなどについての文章。ゴシック関係のものは、『ゴシック幻想』(書苑新社)で全て読めますし、ジェイムズのものは、『M・R・ジェイムズ怪談全集』(創元推理文庫)で読めます。その意味で、あまりコストパフォーマンスはよくありません。
 やはり、評論よりも、第1部の回想のほうが、ファンには面白く読めるでしょう。著者の幼いころの読書傾向から始まって、幻想文学ジャンルにのめり込んでいった過程、そして実際の出版物の具体的な事情など、このジャンルのファンであれば、面白い話題がつまっています。
 興味深かったのは、当時の世間のこのジャンルに対する態度。なにしろ、推理小説でさえ、俗悪な読み物とされていた時代です。怪奇小説などは、低俗の極み、といった感じなのです。
 例えば、著者が、海外から書物を取り寄せようとしたときのエピソード。為替制度の都合で、送金するときに、何の本を買うのかカタログをつけなければいけなかったらしいのです。

 係の行員が身を乗り出すようにしてこちらを見ているので、どうしたんだろうと思っていたが、ハッと気がついたのはカタログの意匠であった。そこには血塗られた吸血鬼が牙をむき出し、女性に襲いかかっている図が掲載されていたのである。

 当時の一般の人々のこのジャンルに対する意識がよくわかります。
 あと、怪奇・幻想ジャンルの台所事情の苦しさ、というところも実感を持って記されています。若き荒俣宏と著者が面会したときのエピソードからも、その辺りの事情が窺えます。幻想文学専業で食べていけるか?という荒俣の質問に対して、著者は答えます。

 私は言下に「幻想文学では絶対に食えない。やめたほうがいいですよ」と答えた。この有能そうで、誠実な学生の道を誤らせてはならないと思ったからである。

 全く身も蓋もない言葉に対して、荒俣の返事が、また、ふるっています。

 しばらく店内の音楽だけが聞こえ、彼はしばし沈黙していたが、やがて意を決したようにいい放った。 
 「ぼくは、やります」


 後年のエネルギッシュな活動を知っている読者は、この言葉に思わず熱くなってしまうでしょう。
 『怪奇幻想の文学』『幻想と怪奇』は、最近では、古書店でも見る機会が少なくなっているので、若い読者の中にはご存じない方もいるでしょう。その点、回想部分にはピンと来ないところもあるかもしれません。ですが、まだまだ、怪奇小説というジャンル自体に偏見を持たれていた時代、このジャンルを広めようとした、著者たちの情熱が感じ取れるという意味では、なかなか面白い書物ではないでしょうか。

テーマ:書評 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント
感動的なシーン
日本怪奇幻想文学草創期を彩る感動的なエピソードですね。
人生意気に感ず!

この場面を読むだけでも早く入手したくなりました。
『M・R・ジェイムズ怪談全集』しか読んでいませんので、コストパフォーマンスも悪くない(笑)
【2007/04/03 12:35】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

感動的です
幻想文学は儲からない…というのは、薄々知っていましたが、それが実感される回想でした。そういえば最近手に入れた雑誌にたまたま荒俣宏のインタビューが載っていたのですが、原稿料をまともにくれないところがたくさんあった、というのを知って驚きました。
コストパフォーマンスがよくない、とは書きましたが、収録されている評論の質は充分高いんですよね。未読なら、ためらいなく買いでしょう。
【2007/04/03 19:59】 URL | kazuou #- [ 編集]


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第61回日本推理作家協会賞受賞作品

第61回日本推理作家協会賞は以下の通り決まりました。 <長編及び連作短編集部門> 今野敏さんの「果断 隠蔽捜査2」   <評論その他の部門> 紀田順一郎さんの「幻想と怪奇の時代」と 最相葉月さんの「星新一 一〇〇一話をつくった人」   <短編 及川的大人のブログ【2008/05/16 23:42】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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