悪女幻想  パトリック・クェンティン『わたしの愛した悪女』
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わたしの愛した悪女 (1962年)
高橋 豊
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 パトリック・クェンティンの作品には、よく「悪女」が登場します。タイトルからもわかるように、『わたしの愛した悪女』(高橋豊訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)も、そのテーマに真正面から取り組んだ作品。
 板紙会社社長アンドリュー・ジョーダンは、美しい妻モリーンを熱愛していました。しかしある日、アンドリューのもとに、モリーンの貞淑を疑わせる、匿名の手紙が届きます。妻を信じたいアンドリューは、手紙を無視します。
 そんな折り、弟のネッドが、モリーンのいとこで、富豪の娘ローズマリーと結婚をすることになりますが、なぜかモリーンはその結婚に反対します。軽薄なネッドとの結婚は、金目当てであり、ローズマリーのためにならないというのです。
 その直後、モリーンは拳銃で射殺され、アンドリューは悲嘆に沈みます。しかし、強盗の仕業であったとされた犯行は偽装であり、警察のムニー警部はアンドリューの犯行であると疑っているのです。アンドリューは、自らの容疑を晴らすため、また妻の本当の姿を探るために調査を開始します…。
 調査を進めるアンドリューの先々で、次々と変わるモリーンの姿。貞淑だと信じていた妻の本当の姿が明らかになっていきます。と、ここまではよくあるパターンではあるのですが、この作品では、妻以外の周りの登場人物たちまでもが、その姿を明らかにされていくのがユニークなところです。
 弟のネッド、その婚約者ローズマリー、母親のノーマ、その夫レムなど、周りの人間がことごとく嘘をついていることが暴かれます。ほとんど全ての登場人物が嘘をついているという、ものすごい構図なのです。
 そのために、当然、容疑者も次々と変わります。弟のネッド、義父レム、ローズマリー、そして最終的には意外な人物が。とにかくめまぐるしく変わる状況が、息をもつかせません。
 主人公のアンドリューは、かなりのお人好しに設定されています。周りの人間に欺かれている、という状況を考えても、しぜんとそうしたキャラクターにならざるを得ないところもあるのですが。それにしても、本当の殺人犯が判明した後でさえ、その人物に同情してしまうという、徹底した善人というのも、すごいところです。
 ただ、主人公に感情移入していると、かなりやるせない気分になるのも事実です。そしてこの主人公、かなり感情移入しやすいキャラクターではあるのです。妻をはじめ、弟や母親にいたるまで、周りの人々から欺かれていたという事実。その意味で、主人公の人生そのものもまた幻想だった…という、ほろ苦い作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
 
「悪女モノ」というと、ハドリー・チェイスの作品を想像してしまいますが、こちらは「登場人物のほとんどがウソをついている」という状況に加え主人公が「お人好し」ともなれば、信じられないような展開の連続が予想され、結果的に「主人公の人生そのものも、また幻だった」というのもうなずけますね。
蛇足ですが、1960年代から70年代にかけては、様々な作品の中で様々なタイプの「悪(ワル)」の造形がさかんだったように思います。
同じハヤカワ・ポケット・ミステリのドミニク・ファーブルの『美しい野獣』の主人公アランは、
アンドリューとはまるで正反対、嫌味で感情移入など到底できないキャラクターでした。
『雨のエトランゼ』というタイトルで映画化された時は、ヘルムート・バーガーが好演していましたけれども。
【2007/04/01 20:52】 URL | newt #- [ 編集]

>newtさん
ハドリー・チェイスをはじめ、「悪人」が登場する作品は、たしかに多かったかもしれません。フランス製サスペンスなんかでも、このタイプのものが多かったですよね。
ドミニク・ファーブルは何冊か読んだのですが、ちょっととっつきにくかった覚えがあります。

クェンティンの場合、悪女そのものが主眼というよりは、それによって欺かれていた主人公の人生観が、変更を余儀なくされる…という方向に力点が置かれている感じですね。代表作の『二人の妻を持つ男』でも、似たような作りでしたし。
ただ、ドンデン返しも多く、単純に物語としておもしろく読めるのが、やっぱりクェンティンのよいところですね。
【2007/04/01 21:12】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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