良心の問題  C・S・フォレスター『終わりなき負債』
4093565910終わりなき負債
C.S. フォレスター Cesil Scott Forester 村上 和久
小学館 2003-12

by G-Tools

 犯罪を犯してしまった人間の罪悪感。そんな重たいテーマを扱いながらも、C・S・フォレスター『終わりなき負債』(村上和久訳 小学館)は、豊かな物語性で、最後まで飽きさせずに読ませます。
 借金に追われる銀行員、ウィリアム・マーブルは、ある日、甥の訪問を受けます。海外で暮らしていた姉の息子、ジェームズ・メドランドは、父親の事業の成功により、資産家となっていたのです。それを知ったマーブルは、メドランドの係累が他にいないことを確かめます。そしてついにメドランドに手をかけてしまうのですが…。
 金のために甥を殺した、マーブルの罪悪感と不安が、彼を自滅に追い込む物語です。この手の話につきものの、脅迫者も存在しないところがユニークです。犯罪の事実を知るものも、マーブルを愛する妻一人のみ。つまりは、はっきりと自分を圧迫する脅威は存在しないのです。あくまで、自分の内心の不安感のみが、マーブルを追いつめます。その点、題名は、内容をじつに上手く、言い表しています。
 メドランドを殺して手に入れた金も、そんなに大した額ではありません。マーブルは後に、この金を利用して、さらなる大金を儲けるのですが、そうした点を考えても、マーブルはかなりの才能を持つ人物ではあるのです。もっとも、自分の犯した犯罪の発覚を恐れるあまり、その隠蔽のために必要な金を手に入れようとするところは、皮肉が利いています。
 ちなみに、メドランド殺害のシーンは、直接的には描かれず、暗示にとどめられます。その後も、殺した、という言葉は出てこないのです。
 もしかして、メドランドは生きているのではないか?と考えてしまうミステリ巧者もいると思いますが、そこまでの引っかけはありません。ミステリとしてのトリックや、引っかけは全くなく、あくまで、罪を犯した人間の心理をじっくりと描き込む、ストレートな心理小説です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
甥の遺産
なんとなくおもしろいのは、叔父が甥の遺産を狙うところですね。
相続権ということであれば、甥が叔父の遺産を狙うのも、叔父が甥の遺産を狙うのも同質なんですが、ミステリでは圧倒的に叔父の遺産を狙う甥が多いはず。
まあ、現実社会において、一般に年長者の方が裕福であることが多いという事情の反映でしょうが。
このへんのところをうまく処理すれば、叙述トリックもできますね(叔父の方が甥より若いケースなど)。
【2007/03/26 22:18】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

そういえば
そういえばそうですね。甥の遺産、というパターンは珍しいかも。
正確に言えば、この作品の場合、遺産相続を狙うわけでもないので、ちょっと話が違うかもしれないんですけどね。

先入観を利用して、語り手の年齢を誤解させる…という手法は、わりと使えそうですね。以前に読んだ作品では、燃えるような恋をしている語り手の男が、結末で実は老人だったとわかる、というものがありました。
【2007/03/26 23:26】 URL | kazuou #- [ 編集]

この本、読みました。
 この本、わりと古い本の新訳だった思いますが、
犯罪者側の心理を描いた、ノワール物でしたね。
翻訳エンターでは、新しいものを追いかけるのもいいですが、
こういう過去の作品も読めるのが、嬉しいところです。
【2007/04/17 00:24】 URL | indi-book #- [ 編集]

>indi-bookさん
本格ミステリなんかだと、時代がたつと、大分古びてしまうものもありますが、こういう人間心理に重点を置いたサスペンスというのは、今読んでも新鮮なものが多いですね。
【2007/04/17 07:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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