悲しみのアイルランド  ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』
4334761577アイルランド幻想
ピーター トレメイン Peter Tremayne 甲斐 万里江
光文社 2005-08

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 ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』(甲斐万里江訳 光文社文庫)は、アイルランド土着の民俗を描いた、幻想的な短編集です。どの短編にも、イギリスに搾取され続けてきた、アイルランド国民の悲しみが背景として描かれ、哀切な雰囲気を醸し出しているのが特徴です。 
 そして、もう一つ特筆したいのは、情景描写の素晴らしさ。これほどビジュアルを喚起させる情景描写はまれでしょう。エンターテインメントにおいて、情景描写はストーリーを追うのに邪魔になりがちなことが多いのですが、この作品集においては、それが無駄なく作品の構成に組み込まれています。
 作品の内容としては、わりとオーソドックスで、古典的な怪奇小説風のものが多いのですが、どれも手堅くまとめられており、面白く読めます。
 盲目の作曲家が庭にある古代の石柱の怪に遭う『石柱』、取り替え子をテーマにした『冬迎えの祭り』、恩人の夫婦を虐殺した兵士の因果応報譚『髪白きもの』、スタンリイ・エリンの作品を思わせる奇妙な味の作品『メビウスの館』、クトゥルー神話のオマージュ『深きに棲まうもの』、時を越える恋物語『恋歌』あたりが面白いところです。
 『メビウスの館』などを読むと、この作家、ジャンル的なエンターテインメントを描かせてもなかなか達者だと思わせます。ちなみにこの作品、某映画でおなじみになった有名なオチを使っているのですが、それをさらにひねっています。
 『冬迎えの祭り』などは、「恐るべき子供たち」テーマを、アイルランドの妖精譚に置き換えたものでしょうか。
 そして、アイルランド人の不幸な境遇を感じさせられる作品も、多く見られます。例えば『大飢饉』。ジャガイモ飢饉の際に、作物をイギリス地主に全て奪われ餓死していく人々の悲惨さは、ただのホラーの枠にとどまりません。また、『髪白きもの』に登場する兵士は、アイルランド人は野蛮人だと見なし、自分の命を救ってくれた夫婦でさえ、あっさりと殺してしまうのです。全編を通して流れる、アイルランドの悲劇の歴史が、作品に彩りを与えています。
 サブタイトルの「ゴシック・ホラー」とは、いささか趣が違うかもしれませんが、幻想性と物語性とがほどよくブレンドされた秀作集です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
なかなかでしたね
TBさせていただきました。
なるほど、言われてみるとどこが”ゴシック・ホラー”なの? という気になりますね。もちろんモダン・ホラーでもありませんが。
クトゥルーものにはどうしても甘くなってしまいますので『深きに棲まうもの』が好きです。
アイルランドものでは『髪白きもの』でしょうか。アイルランドの悲劇の歴史ではありますが、世界がまだ若く、荒々しかったときのエピソードともいえましょうか。


【2007/03/20 23:13】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

ホラー風味妖精物語
アイルランドの妖精物語とホラーとの絶妙なブレンド!
個人的には、じつにツボにはまった作品集でした。ちゃんとした物語づくりのフォーマットがおさえられていて、この作者、けっこうホラーも読んでいるな、と感じさせられましたね。
『髪白きもの』をはじめとして、アイルランドの悲劇の一面をかいま見せてくれたという点でも、なかなか得難い作品集でした。
【2007/03/20 23:28】 URL | kazuou #- [ 編集]


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アイリッシュ・ホラー

「アイルランド幻想」(ピーター・トレメイン2005光文社文庫)読了。☆☆☆+著名なケルト学者の手になるアイルランド発のゴシック・ホラー短編集というと期待するなというほうが無理である。そしてその期待は十分報われる。あの話の後日談まで入っているし。.... 迷跡日録【2007/03/20 23:01】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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