だれか私を知らないか  マーティン・ラッセル『迷宮へ行った男』
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 人は、周りの人間によってアイデンティティを得ることができます。親から見た自分、配偶者から見た自分、友人から見た自分、それぞれの役割の束が、自分という存在を形づくるのです。では、ある日誰もが自分を自分だと認めてくれなくなったとしたら? 今回はそんなアイデンティティを巡る物語、マーティン・ラッセル『迷宮へ行った男』(竹内佳子訳 角川文庫)です。
 冶金学者ジョン・ティヴァトンが、ある日家に帰ると、突如、妻ヴァレリーが自分には見覚えがないと言い出します。隣人エルキンズもまた自分を知らないと言います。なんとティヴァトンは6ヶ月前に事故で死んでいるというのです! 悪ふざけだと思った彼は、抗弁を続けるのですが、通報され、警察に追い出されてしまいます。

 ヴァレリーが落ち着いた声で彼の言葉を遮った。「エルキンズさんが言おうとしているのは、わたしが未亡人だということなんです。夫は六ヶ月前に亡くなりました」

 会社の先輩、そして母親さえもが、自分を認めてくれないのです。どうしても納得の行かないティヴァトンは、自宅に忍び込んで、娘に会って確かめようとします。そして再会した娘バーバラは、彼を父親だと認識したのです! ティヴァトンは、国の命令で武器を開発していました。それにからむ陰謀なのでしょうか? ティヴァトンは、真実を求めて調査を開始するのです…。
 ある日、家族や隣人が、自分を知らないと言い出す、このあらすじを読んで、あなたはどんな物語を想像しますか? ある一定のジャンルの作家であるという知識があれば、大体予想はつきます。本格ミステリの作家であれば、あくまで合理的に解決されるだろうとか、SF作家であれば、これはパラレルワールドなのだろうとか、大まかな当たりをつけることができます。しかし、この作家、邦訳がこれ一冊なのです。そういう意味で、SFなのかミステリなのか、展開が全く読めません。実にスリリングです。
 この手の作品には、「救援者」、すなわち主人公を助ける準主役級の人物が登場するのが常なのですが、本書に限っては、それがほとんど登場しません。全く孤立無援なのです。
 後半、前代未聞とも思われるすさまじい急展開が待っています。はっきり言ってその展開、ルール違反とも思えるのですが、ジャンル的にこだわりがない人であれば、許容範囲でしょう。とにかく、これ以上あらすじを述べると、ネタを割ってしまうことになります。いわゆる「バカミス」なのでしょうが、すれっからしの読者には、楽しめるだろう怪作です。

この記事に対するコメント

ほうじょうです。この間はコメントありがとうございました。
いきなり場違いの特撮の話で申し訳ないのですが、子供の頃に観た『ウルトラセブン』に「あなたはだあれ?」という回があり、kazuouさんが紹介されている『迷宮…』とよく似た物語であった気がします。夜中に泥酔して帰宅したサラリーマンが、家族からも近所の人からも「知らない」といわれてしまう。オチは、夜のうちに宇宙人の団地とそっくり入れ替わっていた、というものでしたが、『迷宮…』はどのような展開なのでしょう。興味をそそられます。
ちなみに、『セブン』は『アウター・リミッツ』や『ミステリー・ゾーン』の影響を受けていて、正統派SFっぽい話がけっこうありましたね。
【2006/02/22 02:40】 URL | ほうじょう #- [ 編集]


ほうじょうさん、こんにちは。この間は勝手な質問に答えていただいて、ありがとうございました。『ウルトラセブン』はたしかにSFマインドあふれる番組でしたね。さて『迷宮…』ですが、結末は現実的に説明されるんですよ。とはいっても、あくまで現実で可能だというだけで、整合性が全然なくて、その意味ではミステリというよりはSFに分類していい作品じゃないかと思います。というか、ミステリとして読んだ読者は、怒るんじゃないかと(笑)。
ちなみに、最近の作品では、ジョセフ・ルーベン監督「フォーガットン」という映画と、デヴィッド・アンブローズ「偶然のラビリンス」という小説が、『ウルトラセブン』テイストなものでした。機会があったら、試してみてください。
【2006/02/22 07:29】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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