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作者と役者がであうとき  マルセル・エーメ『マルタン君物語』
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 今日からは、本の紹介をしていきたいと思います。最初に何を紹介するか悩んだのですが、とりあえず僕の大好きな作家、フランスの作家マルセル・エーメの『マルタン君物語』(江口清訳 ちくま文庫)を紹介しようと思います。
 エーメは異色作家短編集にも入っていますし、近年、代表作『壁抜け男』がミュージカルにもなったので、ご存じの方も多いと思います。作風はあの『壁抜け男』に見られるように、非常にリアルな日常の中にファンタスティックな要素が持ち込まれるといったものです。
 本書には、全部で九編の物語が収められていますが、読者はやはり巻頭作『小説家のマルタン』に驚かされるでしょう。まずは作品初頭の数行を引用してみます。

 マルタンという、小説家がいた。彼は自分の書く本の中で、主要人物はもちろん、端役にいたるまで、かならず殺してしまわなければ気がすまなかった。最初の章では、元気と希望に満ちている人物でも、たいてい終りの二、三十頁までくると、働きざかりだというのに、まるで伝染病にでもかかったように、みんな死んでしまうのである。

 読んでみたくなりませんか? 物語はこの後さらにファンタスティックな展開を見せます。マルタンは、新作の小説にとりかかるのですが、その内容は次のようなものです。役所につとめる中年男スービロンは、妻子と幸せな生活を送っています。ところが七十一歳になる彼の義母が若返りの美顔術を受けて絶世の美女になってしまうのです。スービロンは恋情をかきたてられ、妻をほっぽり出して、義母に迫ります。そんなある日マルタンのもとに、見知らぬ中年婦人が訪ねてきます。夫人はスービロン夫人と名乗り、マルタンに小説の筋書きを変えてくれと懇願するのです…。

 本書は、タイトル通り全ての作品の主人公にマルタンという名がつけられていますが、別に同一人物ではないところも人を喰っていますね。なかでは『小説家のマルタン』に劣らず風変わりな作品『死んでいる時間』も面白いです。これもちょっと引用するだけで、その面白さがわかると思います。

 一日おきにしかこの世に存在しないマルタンという哀れな男が、モンマルトルに住んでいた。二十四時間のあいだ、真夜中から真夜中まで、彼はわれわれみんなが生活するように生活していた。ところがそれにつづく二十四時間は、彼の肉体も精神も、無に帰してしまうのである。

 一日おきにしか存在しないってどういうこと? 文字通りの意味です。一日おきに消えてなくなってしまうのです。この設定だけで、面白さは保障されたようなものですが、この後マルタンは、自分が消えている間の恋人の貞節に疑いを持ち始めます。自分が知らない間に恋人は何をしているかわからない、というありがちな疑惑を極端にデフォルメしてみせています。結末もエーメらしい皮肉のきいたものになっています。ユーモアとペーソスの入り交じったエーメの特徴がよく出た良作です。

 他にも、クリスマスの日に天使に出会う曹長の物語『クリスマスの話』、死んだと思われて生きているうちに銅像を建てられてしまった発明家の話『銅像』など、面白い物語がいっぱいです。
 本書は長らく絶版なのですが、非常に面白い作品集なので、ぜひ復刊していただきたいところですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
はじめましてkazuouさん
ブログにコメントくださってありがとうございました!
私はエーメの作品はアンソロジーに収録されていた『壁抜け男』しか読んだことがないのですが、上の紹介を読むと他の作品もおもしろそうですね!絶版ということでなかなかチャンスが少ないのが残念ですが、『死んでいる時間』が別のアンソロに入っているようなので読んでみようと思います。異色短編がお好きでしたらフランスのコント作家アルフォンス・アレーはおすすめですよ!良かったら試してみてください(^-^)
【2006/02/11 00:56】 URL | Other Room のびりこです☆ #UVsmjOyk [ 編集]

アレーも好きですよ
ご返事感謝します。エーメはどの作品も面白いですよね。絶版が多いのが難ですが。最近中公文庫から『マルセル・エメ短編集』というのが出たのですが、これも面白いですよ。
ちなみにぼくもアレーは大好きです。いずれこのブログでもレビューしたいと思います。このブログで紹介する作品は、エーメやアレーが好きな方なら気に入るものが多いと思うので、ぜひ機会があったら読んでみてください。
【2006/02/11 12:15】 URL | kazuou #- [ 編集]

再びこんにちわ
やっぱりアレーもお好きなんですね!おすすめなんてしてしまって恥ずかしいです(笑)
あとリンク貼ってくださっていてありがとうございます。早速私のブログにもこちらのリンクを貼らせていただきました!
ではまた遊びにきますね☆
【2006/02/11 17:09】 URL | びりこ #UVsmjOyk [ 編集]

ごめんなさい!
トラックバックさせていただきました。
が、まちがえて2度もやってしまいました。
ひとつ、削除していただけますか。
お手数おかけして申し訳ないです。
【2007/04/20 00:29】 URL | タナカ #- [ 編集]

>タナカさん
タナカさん、トラックバックありがとうございます。
一つ削除しておきました。

この『マルタン君物語』、ブログを初めてから、初めての本の紹介だったので、けっこう気合いを入れて文章を書いた覚えがあります。
絶版になっているのが、非常にもったいない本ですね。
【2007/04/20 06:36】 URL | kazuou #- [ 編集]


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マルタン君物語

「マルタン君物語」(マルセル・エーメ 講談社 1976)訳は江口清。エーメ(1902-1968)はフランスの作家。短篇が9つ入っている。「小説家のマルタン」「おれは、くびになった」「生徒のマルタン」「死んでいる時間」「女房を寝とられた二つの肉体」「マルタンの魂 一冊たちブログ【2007/04/20 00:22】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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