錬金術的ファンタジー  レメディオス・バロ
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 今回から〈ファンタスティック・ギャラリー〉と題して、不定期に、お気に入りの美術や画家を取り上げていきます。まず最初は、スペインで生まれ、後にメキシコで活躍した女流画家、レメディオス・バロを紹介したいと思います。
20070208204727.jpg アカデミックな芸術教育を受けたバロは、若くして芸術活動を始めます。アンドレ・ブルトンを代表とする、いわゆる「シュルレアリスム」運動に参加するものの、この時点ではまだ、見るべき作品はないようです。彼女が本領を発揮するのは、メキシコに渡ってからです。
 「魔術」や「錬金術」が、モチーフに現れるようになり、徐々に神秘的な傾向が強くなってくるのです。具体的には、星や月、鳥といった錬金術的アイテムが多くとりあげられています。例えば、代表作とも言うべき『星粥』を見てみましょう。かごの中の月の赤ちゃんに、星を砕いて作ったお粥を与える情景を描いた、何ともファンタスティックな作品です。また『星の狩人』では、虫取り網(星取り網?)で星を捕まえる女性が描かれています。
20070208204823.jpg そしてバロの作品の最大の特徴として、よく登場するのが「機械」。それもありきたりの既製品ではなく、バロのオリジナルかつファンタスティックな「機械」なのです。『星粥』でも、星を砕いて粥にする「機械」が登場していましたが、多くの作品で、それぞれ独自の、奇妙ながらも空想的な「機械」が現れます。
 『鳥の創造』では、星の光を調合して、絵の具を作り出す「機械」が登場しています。その絵の具から飛び出すのは本物の鳥! 逃亡する男女を描いた『逃亡』では、二人が乗る乗り物が描かれています。また、螺旋形の城塞を描いた『螺旋の運航』や、どことも知れぬ峡谷を行く船を描いた『彼岸の世界』でもオリジナルの船が登場しています。バロは、技師だった父親に製図の訓練を受けたということですが、その影響もあるのでしょう。デザイン的にも独創的で、見ていて飽きさせません。
20070208204814.jpg20070208204756.jpg 基本的に、バロの作品では、現実が舞台になることはなく、どことも知れぬ幻想的な空間が舞台になっています。森の奥深くであったり、湖であったり、塔の上だったりと、そこに共通するのは童話的な世界。しかも、その世界に違和感を抱かせることなく存在するファンタスティックな「機械」。何とも魅力的な世界を作り出しているのです。
 絵画とはいいながら、「機械」をはじめとする細部をじっくり眺めることによって、そこに物語が浮かび上がってきます。その意味で、まさに「見る物語」といっていいのかもしれません。
 ちなみに日本では、1999年に一度だけバロの展覧会が開かれており、その際に作られた図録は非常にすばらしい出来なので、機会があったら御覧になることをオススメします。

テーマ:イラスト - ジャンル:その他

この記事に対するコメント

旧版の「百年の孤独」の表紙にレメディオス・バロの「螺旋の運行」が使われていて、しかも登場人物の一人がレメディオスという名前だったりもしたので、うまい使い方だなあと思っていたんですが、去年出た新装版では素っ気ない表紙に変わってしまってがっかりしました。
【2007/02/09 13:28】 URL | Takeman #- [ 編集]


私にとってバロ=カルメラ(『耳ラッパ』レオノーラ・キャリントン)です。
彼女の著作『夢魔のレシピ』とか読むと逆に”何故、落ち着いた物語を持つ幻想画におさまったの?”と
不思議に思ってしまいます。
勝手な妄想ですが、画のストーリー性は『アタゴオル』(ますむらひろし)を連想させますね。

>Takemanさま


『百年の孤独』の中身を思うと「螺旋の運行」の方がいいな、と思うのですが、書店で手に取りやすい
のは新装版の表紙絵かな、と思います。私はどちらの表紙も好きですが・・・。
【2007/02/09 14:07】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

>Takemanさん
そうそう、『百年の孤独』の表紙絵は、すごくマッチしてましたよね。そもそも新装版シリーズの装丁はちょっと素っ気なさ過ぎる感じがします。個人的には、あの値段で箱入りじゃないのが、ちょっと…。

レメディオスって、あちらでは、わりとよくある名前なんじゃないでしょうか。他のラテンアメリカ作品で、目にしたような気がします。
【2007/02/09 18:39】 URL | kazuou #- [ 編集]

>shenさん
『アタゴオル』ですか。うーん、ちょっと似ていなくもないような…。
バロとレオノーラ・キャリントンは、互いに強い影響があったらしいですね。精神的な双児、といった感じです。
キャリントンに比べて、バロの作品は自己完結性が強いですよね。僕は、そのへんに魅力を感じます。

『耳ラッパ』も、難解ながら、すごい作品ではありましたね。物語としては破綻しているんでしょうけど、やっぱり画家でもあるせいか、イメージ喚起力は素晴らしいものがありました。
【2007/02/09 18:48】 URL | kazuou #- [ 編集]


この画家の作品を使った装丁と言うと、
「星粥」がランドルフィの「月ノ石」という作品の装丁に使われていて、
これが本の内容と見事にシンクロしていていたのが印象に残っています。
【2007/02/09 21:22】 URL | piaa #- [ 編集]


ほんと幻想的ですね。
kazuouさんの記事を読まずに『星粥』を見たところ、一体どんな意味があるんだろうと思ってました。まさか月の赤ちゃんに星を砕いて作ったお粥を与える情景だったとは!『鳥の創造』もそうですが、画の説明を読むと、そこに物語が浮かび上がってくるというまさに「見る物語」ですね。

いつも思うのですが、このような画を描く人は一体どこから絵のヒントを得てるんだろう。月の赤ちゃんに星を砕いて作ったお粥を与えるだなんて(←この画、かなりお気に入りです(笑))、凡人には思いもつかない・・・。

ところで皆さんよくこの画家をご存知だなーと思ってたら、本の表紙になってたんですね。私は今まで「おっ、この表紙(または挿絵)いい感じ」なんて思ってもその場でそう思うだけで、画家名やその画家の他の作品を見ようとしなかったんです。今後は「おっ?!」って思ったらちょっと他の作品も調べてみようかなーなんて。もしかしたら最高傑作に出会えるかも?
【2007/02/09 21:45】 URL | TKAT #- [ 編集]

>piaaさん
そういえば、ランドルフィの作品でも表紙に使われていましたね。作品自体は未読なのですが、書店で見かけたとき、なかなかいい装丁だとは思いました。
【2007/02/09 22:20】 URL | kazuou #- [ 編集]

>TKATさん
そうなんですよ。個々のモチーフも綺麗だし空想的で、バロの作品は、見て楽しめる絵としては、いちばんのお気に入りです。
空想的な絵って、たいてい何かの象徴なので、見た目どおりに解釈できない…と言うのは定説ですが、バロの絵は文字どおりに見ても、そこに物語が浮かび上がってくる仕組みです。深くつきつめれば、寓意とかがあるんでしょうけど、深く考えなくても楽しめます。
TKATさんは、『星粥』がお気に召しましたか。バロの絵はどれも素敵ですが、やっぱり『星粥』が、いちばんインパクト大ですよね。

本の表紙に限らず、どこかで目を引く絵があったら、作者や他の作品を探してみるのも楽しいでしょうね。例えばアンソロジーで気に入った作家の作品を続けて読んでみるのなんかと、同じような発見があるかもしれません。
【2007/02/09 22:29】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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