夢のかなう国  アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』
20070128201748.jpg
深紅の帆
アレクサンドル・グリーン
4938943050

 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したロシアの作家、アレクサンドル・グリーン。現実の世界とは隔絶した、自分だけの世界を描き続けた作家です。彼が描くのは、通称〈グリーンランディア〉と呼ばれる、現実のロシアとは異なった世界。ロマンスと冒険にあふれた、澄んだ世界観には独自の魅力があります。
 グリーン作品に登場する人物は「~スキー」とか「~ノフ」などというロシア風の名前ではなく、みな英語風の響きの名前を持っているのですが、それがまた無国籍風の雰囲気を醸し出すのに一役買っています。作者名を伏されたら、おそらく英語圏の作家だと思うのではないでしょうか。
 彼の作品の特徴のひとつとして、超自然的な要素が薄い、という点があります。幻想的な要素が散りばめられながらも、はっきりとしたファンタジーや幻想小説になりきらないところに、もどかしさを覚える方もいるかもしれません。ただ、普通の人々の日常生活を描いているだけでも、そこに「みずみずしさ」や「透明感」が感じられるのです。作品全体が、童話的な雰囲気を帯びているとでもいえばいいのでしょうか。本書『深紅の帆』(原卓也訳 フレア文庫)もその例にもれません。
 舞台はどことも知れぬ村カペルナ。船乗りのロングレンは、長い航海から帰ってくると、娘を残して妻が死んだことを知ります。船乗りをやめたロングレンは、娘と二人で暮らすことになります。娘のアッソーリは夢見がちな子どもでしたが、ある日、森で出会った詩人から「深紅の帆」の物語を聞き、それを信じ込みます。それはいつか「深紅の帆」の船に乗った王子様がやってきて、自分を幸せにしてくれる、というものでした。
 一方、資産家の息子で、意志の強い少年アーサー・グレイは、船に船員として乗り込みます。経験を積んだ後に、彼は、自分の船を持ち、船長として航海を続けていました。航海の途中、カペルナに立ち寄った際に、グレイは眠っているアッソーリに出会いますが、いたずら心から、指輪をアッソーリの指にはめて立ち去ります。アッソーリについての話を聞いたグレイは、彼女の願いを叶えて、自分の妻とするために「深紅の帆」を自らの船にかかげて、アッソーリを迎えに出かけます…。
 ものすごく単純かつ純粋な物語です。完全な「夢物語」といってしまっても、さしつかえありません。物語の筋に、たいした起伏やサスペンスなどはなく、要約してしまうと、夢見る少女のもとに王子様がやってくる、という身も蓋もない物語ではあります。しかし、この心地よさはなんでしょう。
 思うに、グリーン作品の「心地よさ」の原因は、おそらく、登場人物たちがみな「夢」を信じている、といった一点につきるのではないでしょうか。「現実」の汚さにまみれていない、純粋な人間たちの物語は、生活に疲れた現代人の心を癒してくれます。
 気分が沈んだときに読みたい、そんな、愛すべき一編です。

この記事に対するコメント
グリーンランディア
kazuouさん、こんばんは。

グリーン、良いですねー。

かつてプログレッシブロック・グループのルネッサンスにはまっていた時期があって、
コーンウォール地方の女流詩人ベティ・サッチャーの歌詩に登場する凍てつくような
北の大地と、春の到来を間近に予感させるような北国の太陽のイメージがとても好き
でした。

グリーンの作品を読むと、架空の大地「グリーンランディア」で繰り広げられるストーリー
と、ルネッサンスの「ロシアへの郷愁」をイメージした曲の数々が不思議とオーバーラップ
してきます。

「深紅の帆」のストーリーは、アルバム「四季」の中の「ドリーマー号の出航」とイメージが
重なりました。。。

私は「魔法の本棚シリーズ」の「消えた太陽」でグリーンの世界を知りましたが、「波の上を
駆ける女」「輝く世界」も今年中に読みたいと思ってます。

何ともひとりよがりのコメントで失礼しました。。。

【2007/02/04 22:13】 URL | newt #- [ 編集]

>newtさん
newtさんもグリーン、お好きでしたか。
プログレッシブロックには詳しくないのですが、そんな曲があるんですね。
グリーンは、ストーリー的にはそんなにインパクトのあるものは少ないんですが、やっぱり作品世界の雰囲気が素晴らしいですよね。
グリーン作品は邦訳が非常に少ないので、読むのがもったいないぐらい。『深紅の帆』以外だと『消えた太陽』『波の上を駆ける女』『黄金の鎖』『輝く世界』ぐらいでしょうか。個人的には邦訳のなかで言うと『輝く世界』がベストでした。幻想小説色がはっきりしている、というのもあるんですが。
未訳の作品もまだまだあるようなので、ぜひ他の作品も翻訳していただきたいところです。
【2007/02/05 06:53】 URL | kazuou #- [ 編集]

真紅の帆
皆さんはこの作品が映画になっているのをご存じですか。
ソ連のプトゥシコ監督が1961年に制作した「真紅の帆(Scarlet Sails)のDVDを、私はインターネットで検索して、アメリカから取り寄せ、幸い日本のDVD機で見ることが出来ました。
清らかなラブロマンスで、このDVDは私の宝物になりました。
ぜひご覧になってみて下さい。

【2012/03/03 21:17】 URL | 井上 豊 #- [ 編集]

>井上 豊さん
井上 豊さん、こんちには。
映画化されているのは知りませんでした。
イメージや雰囲気が美しい作品だったので、映像化作品も見てみたいものですね。
【2012/03/04 17:56】 URL | kazuou #- [ 編集]

ここから映画が見れます。
「真紅の帆」の映画化作品をここから、字幕を英語にして見ることが出来ます。http://t.co/PosF9Vzn
【2012/08/30 11:27】 URL | 井上 豊 #- [ 編集]

>井上 豊さん
わざわざご案内ありがとうございます。
時間を見て、視聴してみたいと思います。
【2012/09/01 11:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


初めまして、長沢と申します。小学生のころに読んだ少年少女文学全集を探していたのですが、見つからず、中でも印象的だった、「金星探検」で検索したところ、「真紅の帆」にヒットしました。おまけに、探していたのが、タイムライフ出版の少年少女世界の文学全集だったことも判明。よかった!!ストーリーはよく覚えていないにもかかわらず、なんともいえない不思議な感じが忘れがたい1篇でした。金子国義の挿絵もよかったのかもしれません。ごらんになってみてください。ぴったりでしょう?
http://blogs.yahoo.co.jp/kms130/58826913.html
アレクサンドル・ベリャーエフの「金星探検」もなんだか、不思議なお話。機会があったら、ぜひ読んでみてください。
【2015/07/30 11:31】 URL | 長沢昭子 #- [ 編集]

>長沢さん
長沢さん、コメントありがとうございます。

この『少年少女世界の文学』シリーズ、子供のころに読んで忘れられない…という人の話をちらほら聞きます。残念ながら、僕は読んだことがないのですが、子供のころに読んでいたら、相当印象に残るでしょうね。金子国義の挿絵も魅力的です。

ベリャーエフの『金星探検』は、調べてみると、大人向けの翻訳で『無への跳躍』と題されているのと同じ作品みたいですね。『無への跳躍』は、僕も好きな作品です。大人になってから読んでもわくわくする作品だったので、子供の頃に読んでいたら、もっとずっと感銘を受けたんじゃないかと思います。
【2015/07/30 17:05】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/196-b5c7c182
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する