ロマンティックな妄想  イサベル・アジェンデ『エバ・ルーナのお話』
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エバ・ルーナのお話
イサベル アジェンデ Isabel Allende 木村 栄一
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 チリの作家、イサベル・アジェンデの長編『エバ・ルーナ』(木村栄一、新谷美紀子訳 国書刊行会)は、数奇な運命のもとに生まれた少女エバの生涯を描いた、大河小説でした。
 その主人公、エバが語ったという設定の短編を集めたのがこれ、『エバ・ルーナのお話』(木村栄一、 窪田典子訳 国書刊行会)です。最初と最後に、枠となる物語として、エバと恋人ロルフの物語が置かれていますが、基本的には、短編それぞれが完結したお話なので、『エバ・ルーナ』を読んでいなくても楽しめます。
 中には、結末が尻切れトンボというか、はっきり完結していないものも多いのですが、共通するのは、どの短編もその密度が尋常ではないということ。しかも濃厚な油絵のような筆致ながら、ロマンティックな甘さがあります。それも、トレンディドラマのような甘さではなく、現実の厳しさ、容赦なさを描きながらも、人間の愛がかいま見えるような甘さ、とでもいえばいいのでしょうか。
 そして舞台となる現実もまた、単なるリアリズムの現実ではありません。超自然的な現象こそ起こらないにせよ、あまりに現実離れした苦難が登場人物を襲います。見方によっては荒唐無稽としか見えない世界なのですが、アジェンデにかかると、そこに濃密なリアリティが生まれるのです。
 アジェンデの作品のパターンの一つとして、権力や富を持ちながらも人間不信に陥っている男の心を、愛をもって開かせる女、という少女小説的なものがあります。このパターンが露骨に出ている作品は、わりと陳腐なのですが、その場合でさえ十分に読ませられてしまうのは、アジェンデの恐るべき筆力のためでしょうか。
 この短編集の中で言うと『二つの言葉』『クラリーサ』『ヒキガエルの口』『判事の妻』『ある復讐』などがそのパターンにあてはまります。知恵遅れの娘が弾く音楽に惹かれ、娘を47年間も監禁する『心に触れる音楽』、老いた独裁者に同情した美しい大使夫人が、独裁者の心を開かせようとするが、すぐに飽きてしまうという『幻の宮殿』などは、そのパターンをひねったものでしょうか。
 どの作品も文句なく面白いのですが、特によかったのは『トスカ』『小さなハイデルベルク』です。

 『トスカ』 オペラの「トスカ」のようにロマンティックな妄想に駆られた人妻が、夫と息子を捨てて愛人と出奔します。しかし愛人は、女の夢についていくことができずに、現実の前で疲弊し、死んでしまいます。女は数十年後、元夫と息子を見かけます。二人の前に現れて、感動の再会をするという、またもやロマンティックな妄想が女の頭の中に浮かびます。しかし、二人の絆の深さを目の前に見た女は、現実と夢のはざまで揺れ動き、結局すごすごと引き下がります…。
 夢と現実、というアジェンデの最大のテーマが、上手く凝縮された一編です。

 『小さなハイデルベルク』 長年ペアを組んで踊ってきた「船長」とラ・ニーニャ・エロイーサは、40年間もずっと口をきいたことがありませんでした。「船長」は外国人のため、周りの人間と話すことができなかったのです。過去については誰も知らず、当て推量から、船長はフィンランド人だということになっていました。ある夜、外国の若いカップルがダンスホールに現れます。船長はカップルの話す言葉が、自分の母国語だと知るや、彼らに話しかけ、通訳をしてほしいと頼みます。そして船長が発した言葉はラ・ニーニャ・エロイーサへの結婚の申し込みでした…。
 40年間もその国にいるにもかかわらず、言葉が全くわからないのはおかしい、という疑問はさておき、結婚を申し込むために40年間も待ち続ける、という、あまりといえばあまりにロマンティックなストーリーにもかかわらず、アジェンデの筆は実に可憐です。

 アジェンデの描くストーリー自体は、かなり荒唐無稽であるにもかかわらず、その骨太な人物描写により、リアリティが与えられています。その豊穣な物語世界は、至福の時間を与えてくれるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
表紙の絵
記事に関係の薄い話で恐縮ですが、表紙の絵、これ、ルソーの「蛇使いの女」ですよね。
児童書なんですが、私が読んだ本でもこの絵が表紙に使われていて、ちょっと偶然だなぁと思いました。
私が読んだ本は、まんま密林を舞台としていたのですが、こちらの本では密林が舞台ではなくとも、kazuouさんの仰る密度の濃さが、この表紙絵となったのでしょうか。
【2007/02/25 22:02】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

ルソーですね
そうです、ルソーです。
とくに密林とかが舞台になっているわけではないんですけど、作品のイメージ的にルソーはぴったりだと思います。
ルソーの絵は、非常にインパクトが大なので、目を引く、という点では効果的ですね。だけど下手をすると、内容よりも絵の方が目立ってしまいかねない、というおそれがあるような気もします。
でも、アジェンデの作品はものすごい密度なので、ルソーの絵に、内容がぜんぜん負けてないのがすごいです。
【2007/02/26 07:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
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