ロマンティックな妄想  イサベル・アジェンデ『エバ・ルーナのお話』
4336035962エバ・ルーナのお話 (文学の冒険シリーズ)
イサベル アジェンデ Isabel Allende
国書刊行会 1995-07

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 チリの作家、イサベル・アジェンデの長編『エバ・ルーナ』(木村栄一、新谷美紀子訳 国書刊行会)は、数奇な運命のもとに生まれた少女エバの生涯を描いた、大河小説でした。
 その主人公、エバが語ったという設定の短編を集めたのがこれ、『エバ・ルーナのお話』(木村栄一、 窪田典子訳 国書刊行会)です。最初と最後に、枠となる物語として、エバと恋人ロルフの物語が置かれていますが、基本的には、短編それぞれが完結したお話なので、『エバ・ルーナ』を読んでいなくても楽しめます。
 中には、結末が尻切れトンボというか、はっきり完結していないものも多いのですが、共通するのは、どの短編もその密度が尋常ではないということ。しかも濃厚な油絵のような筆致ながら、ロマンティックな甘さがあります。それも、トレンディドラマのような甘さではなく、現実の厳しさ、容赦なさを描きながらも、人間の愛がかいま見えるような甘さ、とでもいえばいいのでしょうか。
 そして舞台となる現実もまた、単なるリアリズムの現実ではありません。超自然的な現象こそ起こらないにせよ、あまりに現実離れした苦難が登場人物を襲います。見方によっては荒唐無稽としか見えない世界なのですが、アジェンデにかかると、そこに濃密なリアリティが生まれるのです。
 アジェンデの作品のパターンの一つとして、権力や富を持ちながらも人間不信に陥っている男の心を、愛をもって開かせる女、という少女小説的なものがあります。このパターンが露骨に出ている作品は、わりと陳腐なのですが、その場合でさえ十分に読ませられてしまうのは、アジェンデの恐るべき筆力のためでしょうか。
 この短編集の中で言うと『二つの言葉』『クラリーサ』『ヒキガエルの口』『判事の妻』『ある復讐』などがそのパターンにあてはまります。知恵遅れの娘が弾く音楽に惹かれ、娘を47年間も監禁する『心に触れる音楽』、老いた独裁者に同情した美しい大使夫人が、独裁者の心を開かせようとするが、すぐに飽きてしまうという『幻の宮殿』などは、そのパターンをひねったものでしょうか。
 どの作品も文句なく面白いのですが、特によかったのは『トスカ』『小さなハイデルベルク』です。

 『トスカ』 オペラの「トスカ」のようにロマンティックな妄想に駆られた人妻が、夫と息子を捨てて愛人と出奔します。しかし愛人は、女の夢についていくことができずに、現実の前で疲弊し、死んでしまいます。女は数十年後、元夫と息子を見かけます。二人の前に現れて、感動の再会をするという、またもやロマンティックな妄想が女の頭の中に浮かびます。しかし、二人の絆の深さを目の前に見た女は、現実と夢のはざまで揺れ動き、結局すごすごと引き下がります…。
 夢と現実、というアジェンデの最大のテーマが、上手く凝縮された一編です。

 『小さなハイデルベルク』 長年ペアを組んで踊ってきた「船長」とラ・ニーニャ・エロイーサは、40年間もずっと口をきいたことがありませんでした。「船長」は外国人のため、周りの人間と話すことができなかったのです。過去については誰も知らず、当て推量から、船長はフィンランド人だということになっていました。ある夜、外国の若いカップルがダンスホールに現れます。船長はカップルの話す言葉が、自分の母国語だと知るや、彼らに話しかけ、通訳をしてほしいと頼みます。そして船長が発した言葉はラ・ニーニャ・エロイーサへの結婚の申し込みでした…。
 40年間もその国にいるにもかかわらず、言葉が全くわからないのはおかしい、という疑問はさておき、結婚を申し込むために40年間も待ち続ける、という、あまりといえばあまりにロマンティックなストーリーにもかかわらず、アジェンデの筆は実に可憐です。

 アジェンデの描くストーリー自体は、かなり荒唐無稽であるにもかかわらず、その骨太な人物描写により、リアリティが与えられています。その豊穣な物語世界は、至福の時間を与えてくれるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
表紙の絵
記事に関係の薄い話で恐縮ですが、表紙の絵、これ、ルソーの「蛇使いの女」ですよね。
児童書なんですが、私が読んだ本でもこの絵が表紙に使われていて、ちょっと偶然だなぁと思いました。
私が読んだ本は、まんま密林を舞台としていたのですが、こちらの本では密林が舞台ではなくとも、kazuouさんの仰る密度の濃さが、この表紙絵となったのでしょうか。
【2007/02/25 22:02】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

ルソーですね
そうです、ルソーです。
とくに密林とかが舞台になっているわけではないんですけど、作品のイメージ的にルソーはぴったりだと思います。
ルソーの絵は、非常にインパクトが大なので、目を引く、という点では効果的ですね。だけど下手をすると、内容よりも絵の方が目立ってしまいかねない、というおそれがあるような気もします。
でも、アジェンデの作品はものすごい密度なので、ルソーの絵に、内容がぜんぜん負けてないのがすごいです。
【2007/02/26 07:00】 URL | kazuou #- [ 編集]

図書館にあって良かった!
図書館のスペイン文学の棚にありました。
ラテンアメリカ文学は全てそこに入っていました。
幹線道路沿い以外の本屋さんがブックオフすらも
撤退してしまい通勤途上では週刊誌しか買えず
ストレス発散が出来ません。文芸書を読みたいのに。
図書館は日曜しか行けませんが司書さんの趣味なのか
国書刊行会や白水社などの文芸書が揃い、kazuouさんの
お勧め新刊も入庫率が高いので助かります。
作品に登場する女性の強さと辛抱強さと執念深さには頭が
下がります。自分は「幻の宮殿」が一番良かったです。
「トスカ」の人妻は歌の才能は無いんですよね。青白い医学生
よりも元夫の方が素敵に思えるんですが。
街並みや言語はヨーロッパと同じなのに風土が全く異なり
インディオの人々も暮らしているのが異世界トリップ感。
蜂蜜のような濃密な作品世界ですね。
【2013/11/12 11:40】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


うーん、本好きとしてはストレスのたまる環境ですね。
文芸書は刊行点数が多いだけに、図書館でも、揃えている書目がだいぶ違う感じがします。
ただ、国書刊行会の翻訳本は、だいたいどこの図書館でもある程度入っているような気がしますね。

アジェンデのこの短編集はずっと読んでいたいと思わせる作品集でした。『幻の宮殿』もいい作品だと思います。
本当にどれも濃密な短編ですよね。
【2013/11/17 22:01】 URL | kazuou #- [ 編集]

波乱万丈の人生
再レスすみません。イサベル・アジェンデはクーデターで命を落としたアジェンデ大統領と親戚で大統領令嬢と同姓同名なんですね。母上はチリの名門の出で。
愛娘は難病で夭折なさるし。今、話題のキャロライン駐日大使もそうですが、身内が
現代史の教科書に載るような偉大な人物というのは、どんな感じなんでしょうね。
【2013/11/21 11:32】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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