したたかな生き方  ピーター・エルブリング『毒味役』
4152084367毒味役
ピーター エルブリング Peter Elbling 鈴木 主税
早川書房 2002-08

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 過去を舞台にした歴史小説を書くときに、主人公をどんな身分の人間にするか、というのは、かなり重要な要素です。身分や職業によっては、行動半径が非常に限られてしまったり、物語の展開も限られてしまうことにもなりかねません。その点、ピーター・エルブリング『毒味役』(鈴木主税訳 早川書房)は、主人公の職業を「毒味役」というユニークなものに設定することで、展開に幅を出しています。
 16世紀イタリアが舞台。貧困にあえぐ主人公ウーゴは、幼いころ愛する母親を亡くし、父と兄に虐待されて育った反動から、愛妻が遺した娘を可愛がっています。ひょんなことから、ウーゴは、地方都市コルソーリの専制君主フェデリーコに、毒味役として仕えることになりますが、残酷なフェデリーコには敵も多く、いつどこで毒を盛られるかもわかりません。
 権謀術数を駆使して、生き延びようと必死なウーゴとは対照的に、父親の心を知らぬ娘のミランダは、無邪気ながらも、わがまま放題に育ってしまいます。貴婦人になることに憧れるミランダは、料理人のトマーゾと恋仲になりながらも、フェデリーコと結婚させられることになります。最初は憧れの貴婦人になれると喜びながらも、結婚が近づくにつれて、現実を拒否し始めるミランダ。
 ウーゴは、自分の野心が満たされる希望と同時に、娘を案じる不安とに苛まれます。折しも、フェデリーコに恨みを抱く義兄ジョヴァンニに、魔術の罪で訴えられそうになり、フェデリーコにも見捨てられそうになったウーゴは、激怒し、フェデリーコに一矢報いようと考えますが…。
 ルネサンス時代のイタリアが舞台、といっても絢爛豪華な芸術や、華美な王侯の暮らしが活写されるわけではありません。洗練とはほど遠い、地方都市の無教養、不作法な専制君主のもとでの、息詰まるような圧政が描かれているのです。君主の一言で、いつ殺されるか、拷問されるかわからない、周りの人間たちの様子が哀れです。何しろ態度が気に入らなかっただけで、舌を抜かれて川に投げ捨てられてしまうのです。
 そんな時代だけに、人間たちも生きるのに必死であり、一途な正義にこだわっていては生きていられないのです。気まぐれなミランダは別格としても、ウーゴをはじめ、その場その場で節操もなく振る舞う人間が数多く登場します。もっとも、当時の人間としては、生き延びるための手段という意味で、正しい生き方だといえるのかもしれませんが。
 それにしても、ウーゴは比較的一貫しているのですが、他の登場人物、とくにトマーゾなどは、その態度の変遷が著しく感じられます。現代を舞台にしていたら、おそらく登場人物の心理や行動が一貫していない、という非難をうけたことでしょう。しかしこの作品では、作品の背景ともあいまって、そんな節操のなさが「リアル」に感じられます
 過去の時代を舞台に小説を書くときに、登場人物が現代とまったく同じような考え方をしていていいのか、という点はやはり問題になるのでしょうが、そういう意味ではこの作品、16世紀の農民や貧しい人間のしたたかさをうまく描けているのではないでしょうか。主人公が、力もない農民であり、いつ殺されるかわからない厳しい現実、情け容赦のなさを、避けずに見つめているという意味で、少なくとも過去を舞台にしただけの、英雄ファンタジーとは一線を画します。
 そういう設定の作品のため、冒険活劇的な要素は、あまりありませんが、したたかに生き抜く「庶民」を描いた歴史小説として、一読の価値がある作品でしょう。
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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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