月盗難事件  デイヴィス・グラッブ『月を盗んだ少年』
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月を盗んだ少年―サスペンス&スーパーナチュラル短編集
デイヴィス・グラッブ
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 映画化もされたサスペンス長編『狩人の夜』(創元推理文庫)で知られるデイヴィス・グラッブは、また「奇妙な味」の短編の名手でもあります。本書『月を盗んだ少年』(柿沼瑛子訳 ソノラマ文庫)には、さまざまな色合いの短編が収められていますが、共通するのは、最初から最後まで飽きさせないストーリーテリングの妙でしょう。各作品はわりと短いものが多いのですが、とにかく展開がスピーディ! あれよという間に読めるのが特徴です。

 『不死身のネズミ』 かって優れた舵手だったバズビー老人は、船の事故で両足を失ってから、川を憎むようになっていました。友人のガン船長の斡旋で、娘のイライザとともに波止場管理人の職についたバズビーは、ネズミをかわいがるようになります。イライザに一目惚れしたガン船長の甥ジョナズに激怒したバズビーは、銃を持ち出しジョナズを殺そうとするのですが…。
 老人の復讐のためにネズミたちが…という、オーソドックスな怪奇小説。

 『ラビット・プリンス』 オールドミスの女教師ティンケンズに目の敵にされている少年トム・スプーンは、ある日、奇術師ガルヴァーニと出会います。少年の態度に感激したガルヴァーニは、望みをひとつだけかなえてあげようと提案します。トムが願ったのは、ティンケンズ先生をウサギにしてしまうこと。ガルヴァーニの去った後、ウサギとともに残されたトムは、困惑しますが…。
 ウサギの処理に関して、トムが直面する現実的な困難が、スラップスティック風に描かれます。結末も暖かい、コミカルなファンタジーです。

 『片足の恋』 工場での事故のため、片足を切断せざるを得なくなったヘンリー。しかし切断後も、ヘンリーには片足の感触がなくならないのです。やがて松葉杖をついて動けるようになったヘンリーは、秘書のマーガレットの様子がおかしいということを聞きます。マーガレットの家を訪れたヘンリーが知った、思いがけない事実とは…。
 タイトルでオチが割れてしまいそうなのはともかく、ブラックなラブ・ストーリーとして秀逸な作品。

 『月を盗んだ少年』 口が不自由なドード・ホーンブルック少年は、近くに引っ越してきた一家の娘デイジーに一目惚れしてしまいます。自分など相手にしてもらえないと思ったドードが考えたのは、池の水面から「月」を盗み出すこと…。
 まるで稲垣足穂ばりの「月」のメルヘン。イメージの美しさと臆病な少年の心理描写が冴えています。

 『離魂術』 傲慢で知られる編集長マリウスは、高熱でうなされている最中、自分の魂が体から抜け出せることを発見します。妻を驚かせようとした彼は、妻が不倫をして駆け落ちしようとしていることを知ります。練習の結果、離脱状態でも物質をつかめるようになった彼は、愛人の殺害計画を練りはじめますが…。
 幽体離脱を利用するという、奇想天外なミステリです。うまくいくかと思えた計画が実際は…というお約束の展開ながら、皮肉の利いた結末が見事な作品。

 『妹の青い薬びん』 両親の死で、伯父夫婦に引き取られた幼い兄妹。気の弱い伯父に対し、勝気な伯母は、兄妹にもつらく当たっていました。あるとき伯父が具合を悪くしているのを見かねて、兄は医者に連絡しますが、その直後伯父は息をひきとってしまいます。医者の診断はなんと毒殺!以前から問題発言を繰り返していた伯母がさっそく逮捕されますが…。
 誰もが認める容疑者ではなく、実は…というサスペンス作品。「恐るべき子供たち」を描いた作品かと思いきや、二重のひねりが待っています。

 『合法的復讐』 絶大な権力を持つ資産家マグラスに、父親を射殺されたヴァージ・ライケンズは復讐を誓います。兄の執拗な性格を知る弟は、マグラスに気をつけるように進言しますが、相手にされません。何か月も経ち、そんなことなど忘れきっていたマグラスは、思いがけない目に遭います。ヴァージが考え出した「合法的な」殺人方法とは…?
 アイディアの勝利というべき作品。複雑な犯罪計画ではなく、こういう手があったのか!と思わせる結末は見事。

 『箱のなかのエヴァ』 ネルおばに引き取られた5才の少女エヴァは、いつも空想上の友達と話をしていました。祖父からプレゼントされた少女の人形をニューマと名付け、生きている人間であるかのように振舞うエヴァ。そんな態度を苦々しく思っていたおばは、ことあるごとに、エヴァを叱ります。そんななか、唯一の友人だった料理女は、エヴァから奇妙な話を聞きます。ネルおばさんがニューマを追い出すようなことがあったら、あたしも一緒に連れて行ってくれるんですって! やがてエヴァの変わらぬ態度に激怒したネルおばは、人形を取り上げてしまいますが…。
 孤独な少女がかわいがる人形、空想上の友人、と道具立てはオーソドックスながら、巧みな語り口で読ませられてしまう「人形怪談」のヴァリエーション作品。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

「合法的復讐」が「ヒチコック・サスペンス」(http://geshicchi.web.fc2.com/main/hitch/hour/epi/Season%203/season3_1.html)で映像化されているので、この本ずっと探しているんですけれど、なかなか見つからないんですよね(図書館にもない)。ソノラマは昔は和洋問わずSFもいい本を出していたんだけどな……。
【2007/02/03 08:34】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

ソノラマ
映像化されていたんですか。いかにもヒッチコック好みのサスペンスなので、うなずけますね。
ソノラマ文庫の海外シリーズは、ほんとうに見つからないですね。僕も持っているのは数冊です。古書店で見かけても3000~5000円とか、とんでもない値段がついていて、なかなか手が出ません。
ジェラルド・カーシュとかアヴラム・デイヴィッドスンとかは、新たな短編集が出たので助かっていますが、まだまだ埋もれてしまった作品集がいっぱいあります。どこかの出版社で再刊してもらいたいものですね。現在刊行中の論創社の、ダークファンタジー・コレクションで、ソノラマの遺産が一部復刊されるようですので、期待しています。
【2007/02/03 09:11】 URL | kazuou #- [ 編集]

4編だけ読みました。
『月を盗んだ少年』は持っていないのですが、何とかグラッブの短編を読めないかとネット検索し、雑誌やアンソロジーにいくつか収録されていることを知りました。蔵書を引っ掻き回して、「バズビーの鼠」「ヒトラーを撃った男」「あたしを信じて」「三六年の最高水位点」を発掘。さっそく読みました。
「奇想天外」誌とか『心理サスペンス』とか『幻想と怪奇①』とか、発売当時に購入して読んだはずなのに、タイトルも作者名もすっかり忘れていることに気づき、どれも30年以上前に読んだ本とはいえ、ショックでした。
 と同時に、『月を盗んだ少年』への欲求が強くなってしまいました。

「バズビー老人の鼠」=「不死身のネズミ」、「あたしを信じて」=「箱のなかのエヴァ」なんですね。ここの紹介がなければ、わからなかったと思います。
 ご紹介、ありがとうございます。
【2009/01/14 21:01】 URL | 高井 信 #.EaZg8mc [ 編集]

>高井 信さん
そうですね。「バズビー老人の鼠」と「不死身のネズミ」、「あたしを信じて」と「箱のなかのエヴァ」は同じ作品です。
グラッブは、アンソロジーや雑誌に載った短編もあんまりないんですよね。どれも面白いんですけど。
現行の本で読めるグラッブの短編は、「三六年の最高水位点」と「あたしを信じて」ぐらいでしょうか。「狩人の夜」が文庫化されたときに、もう少し邦訳が出るかと期待してたんですが、あれっきりになってしまいました。それだけに、この短編集のラインナップは貴重ですね。『片足の恋』とか『離魂術』あたりは、すごく面白い作品なので、何らかの形で復活してほしい本ではあります。

そういえば、高井さんが「蔵書を引っ掻き回し」たと聞いて思い出しました。今現在のように海外作家の短編集がコンスタントに出るようになる前は、気になった作家の短編読みたさに『ミステリマガジン』や「SFマガジン」のバックナンバーを漁ったものでした。まさか、イーリイやリッチーの短編集が出る時代が来るとは思いませんでしたね。
【2009/01/14 23:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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