こわい絵  『アントワーヌ・ウィールツ』
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アントワーヌ・ウィールツ
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 先日記事にも取り上げた『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』を読んでいたときのこと。表題作のローダ・ブロートン『鼻のある男』のなかで、気になる記述がありました。
 主人公の新婚夫婦は、旅行中なのですが、ある日、ブリュッセルの美術館に出かけます。

 今日はヴィーツの絵を見に行った。読者はごらんになったことがあるだろうか。比較的少数の人にしか知られていないけれど、もし読者がこの世のものとも思えないようなホラーに興味をお持ちならーもしホラーの数々を心ゆくまで鑑賞したいのなら、急いでここへ来られるといい。指定されたのぞき穴から、ぼくたちはおぞましいコレラ患者の絵を見た。死者と間違えられて生き埋めにされた男が、棺桶の蓋を上げ、幽霊のような顔を見せて、まつわりついた布の下から土気色の両手を伸ばしている。

20070106233149.jpg 訳注もないし、表記が「ヴィーツ」になっていますが、これはベルギーの画家アントワーヌ・ウィールツのことでしょう。怪奇小説三大巨匠のひとり、M・R・ジェイムズもエッセイのなかで、この画家を褒めていた記憶があります。怪奇小説を生業とする彼らが、この画家を誉めるのも、理由のないことではありません。この画家の作品、恐怖や狂気の描写力が半端ではないのです。子供に見せたらトラウマになりそうなぐらい、陰鬱なものも中にはあります。とにかく「こわい絵」なのです。
 幸いにも日本版の画集が、一冊だけですが、出ています。今回はその『アントワーヌ・ウィールツ』(デザインエクスチェンジ)について紹介しましょう。
20070106233219.jpg 19世紀前半に、ベルギーに生まれたウィールツは、最初はアカデミックな神話画や歴史画を描くことによって世に出ました。その成功に気をよくした彼は、パリに出ますが、思ったような成功を得られず、ベルギーに戻ります。政府から援助金を得た彼は、その後、死や狂気、残酷なものを扱った作品ばかりを描き続けるようになり、そのため晩年まで一般的な評価は得られませんでした。
 流派的には、自然主義や印象派に対抗するようにして勃興した、いわゆる象徴主義に分類される画家です。ウィールツの場合、象徴主義というよりも、ほとんど悪魔主義と言うに近いほど、暗く残酷な題材を扱っています。思えば、初期の神話画を見ても、トーンは暗く、登場人物の驚愕の表情には、後年の作風を予感させるものがあります。
 さて『鼻のある男』からの引用にある絵は、そのものずばりのタイトルである『早すぎた埋葬』。怪奇映画の一シーンを思わせる、扇情的ながらインパクトあふれる絵です。
20070106233201.jpg 自殺のシーンを象徴的に描いた『自殺』は、暗鬱な雰囲気ながら、惹かれるものがあります。自殺する男の両隣りにいるのは、ほくそ笑む悪魔と嘆き悲しむ天使なのでしょうか。
 作品自体のテーマは陰鬱ながら、ウィールツの描く女性にはかなり魅力があります。『麗しのロジーヌ:ふたりの乙女』に登場する裸婦も、コケットリーで魅力的です。澁澤龍彦の美術評論でもとりあげられていましたので、ご存じの方もいるかもしれません。内容は、若さや美はいずれ滅びる、という伝統的な画題を扱ったもの。ひとりはともかく、タイトルにあるもうひとりの乙女は、すなわち骸骨、であるわけです。
 ウィールツには、『火傷の幼児』とか、狂気に陥った母親が子供を殺す『飢えと狂気と犯罪』とか、とんでもなく残酷な作品もあるのですが、あまりに強烈なので画像をアップするのはやめました。興味のある方はネットで探してみてください。
この記事に対するコメント

一番上の可愛らしい女性の画像を何気にクリックしたら・・・背筋がゾクゾクってきました。あー怖かった!
画家が描く作品は表情力夢に出てきそう。神話画や歴史画を扱ってたということですが、どのような心境のもとでこのような作風を描くようになったのかが気になります。
有名画家でも狂気的な作品はありますが、ウィールツは徹底しており次元が全然違いますね。画集を見てみたいような見たくないような・・・。
ああ!今でも可愛らしい女性の後ろにいる人の微笑が頭から離れない~!でもまたクリックしちゃった~(笑)。
【2007/01/09 20:46】 URL | TKAT #- [ 編集]

「こわい」です
この人、画力があるだけに、鬼気迫るものがあります。記事中でもふれましたが、女性像はどれも魅力的なんですよ。ただ「単なる」女性像、というのはなくて、横にたいてい「悪魔」がいたりします。
ちなみに、いちばん上の本の表紙画になっているのは『薔薇のつぼみ』という作品。女性の背後にいるのは「悪魔」のようです。
この「女性」と「悪魔」の組み合わせが、ウィールツは好きだったようで、いくつかこの手のタイプの作品があります。面白いのは二枚連作の『悪魔の鏡』という作品。一枚は、鏡で自分の姿にうっとりと見入っている女性が描かれてます。もう一枚には、悪魔が鏡をかかえて女性の実の姿が映っている…というもの。「虚栄心」がテーマなのだと思いますが、かなり諧謔が利いています。

見て愉快かどうかは別として、一見の価値のある画家だと思います。
【2007/01/09 21:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

とにかくこわい!
おとなでもトラウマになりそうです(笑)
こんな絵を飾っておきたいのはよほどの好事家でしょうから、なるほど商業的には成功しなかったんでしょうね。
今年の本の買初めは『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』。間もなくとりかかりますが、うれしい予備知識をいただきました。
【2007/01/09 23:44】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


おお!さっそく『鼻のある男』お読みですか。じつのところ、ローダ・ブロートンの表題作がいちばん大したことのないような気もするので、過剰な期待は抱かない方がいいかも…(笑)。

ウィールツは、最近は評価が上がってきているようです。怪奇幻想を愛するものにとっては、逸せない画家ですね。
ベルギーのウィールツ美術館は、「お化け美術館」とも呼ばれているとか…。
【2007/01/10 07:10】 URL | kazuou #- [ 編集]


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『鼻のある男』

梅田正彦編・訳『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』(鳥影社)[bk1][A Weblog on the Borderland【2007/01/25 03:02】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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