血が吸いたい  デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』
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死にいたる愛
デイヴィッド マーティン David Martin 渋谷 比佐子
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 もはや現代は、吸血鬼小説を書くのも難しい時代になったといえるでしょう。吸血鬼という存在自体がポピュラーになりすぎた結果、吸血鬼の存在を初めからオープンにすれば、陳腐になるのは避けられませんし、かといって正体を隠しておくのも、難しい。これをうまく逆手にとった作品が、デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』(渋谷比佐子訳 扶桑社ミステリー)です。
 ロスコーとマリアンの夫妻は、ある日ロスコーの旧友ピーターの訪問を受けます。ピーターは妙なことを言い出します。自分は吸血鬼になってしまった。そしてロスコーが激しく憎んでいた夫婦を殺してきたばかりだ、と。ピーターは本当に吸血鬼なのか。殺人は本当に行われたのだろうか…。
 ピーターが殺人を行う場面が冒頭から展開し、吸血行為も行われます。しかし、前半段階では、本当にピーターが吸血鬼なのかどうかは、まだ判別できません。殺人や吸血行為を行っても、超自然的な事態は発生しないので、ピーターは精神病者なのか吸血鬼なのかがわからないのです。
 マリアンが話す仮説では、実際に吸血鬼でなくでも、本人がそうであると信じており、実際に吸血行為を行う限りにおいて、吸血鬼は存在する、と示唆されます。実際、ピーターは吸血鬼だと信じ込んでいる精神病者だという前提において、話は展開していきます。本当に吸血鬼であるかどうかはともかく、ピーターが精神病者であることは明らかなので、その殺人シーンだけでも、猟奇的な興味で読み進めることができます。
 作品の途中から、精神病院に入院しているピーターの兄のリチャードが登場し、この人物も心を病んでいることが示されますが、それにより物語の筋はいっそう複雑になっていきます。
 マリアンが精神医学の研究生で、都合良く吸血鬼に関する研究をしている、という設定は、かなり御都合主義だと思われるのですが、その設定が、結末の伏線になっているところには、感心させられます。
 結末においても、事件は現実的に解釈できるのか、それとも超自然的な現象なのか、というところをうまくぼかしており、明確な答えは示されません。合理的に解決した後も、解明できない超自然的な謎を残す、ミステリとホラーのハイブリッド的な作品です。

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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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