ティンパニの一撃  マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『六月半ばの真昼どき』
4839700761六月半ばの真昼どき―カシュニッツ短篇集
マリー・ルイーゼ カシュニッツ Marie Luise Kaschnitz 西川 賢一
めるくまーる 1994-01

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 戦後ドイツ文学を代表するといわれる女流作家、マリー・ルイーゼ・カシュニッツ。彼女の短編には、共通する特質があります。それは、平凡な人間の、なんの変哲もない日常生活のさなかに、突如として奇妙な出来事が起こり、それによってその人間の生活は一変し、登場人物は自分と向き合うことになる…というもの。この説明を読んで、何か思い当たる節がありませんか?
 そう、スティーヴン・キングに代表される、いわゆる〈モダンホラー〉と同じような定義なのです。日常生活に異物が侵入する…という一点をとってみれば、そこに差異はありません。違うのは、〈モダンホラー〉では作中で起こる奇妙な事件自体に関心が向かうのに対して、カシュニッツの作品では、その出来事によって、否応なく変化させられる登場人物の自己意識にウエイトが置かれている、ということでしょう。カシュニッツは、短編『いつかあるとき』の中で、そのことをこう表現しています。

 自分もあの夜“ティンパニの一撃”を聞いたのだ、ということに彼が思い当たったのはずっとのちのことである。人間だれしもいつかはその一撃を聞き、それとともに本来の人生が始まるものであるが。

 自分の人生観を一変させる運命的な出来事を、ここでは、「ティンパニ」というインパクトのある比喩によって表現しています。
 ジャンル的には純文学に分類されるカシュニッツの作品ですが、ときに幻想小説やファンタジーに限りなく接近するその作風は、物語そのものをとっても、十分に面白く「奇妙な味」の作品として、楽しむことができます。本書『六月半ばの真昼どき』(西川賢一訳 めるくまーる)にも、そんな作品が多く集められています。

 『でぶ』 自宅で私設図書館を始めた「私」は、ある日家を訪れた「でぶ」の女の子に興味を引かれます。無愛想で、食い意地の張った女の子に嫌悪感を抱きつつも、何かを感じた「私」は、女の子のあとをつけます。女の子はスケート中に、割れた氷の穴に落ちてしまうのですが…。
 子供らしさの全く感じられない「でぶ」の女の子の中に、語り手は何を見たのか? 結末はどこか予定調和ながら、アイデンティティーをテーマにした佳作。

 『アダムとエヴァ』 動物の死を見てから、自分も死ぬ事を悟ってしまったアダムは、日々思い悩みます。対照的に、溌溂とし、生そのものを謳歌しているエヴァに対し、アダムは苦々しい気持ちを抱きます…。
 男女の人生観の違いを描いた寓話です。陰鬱なアダムに対して、エヴァのなんと生き生きとしていることか。

 『幽霊』 ロンドンに旅行に訪れたドイツ人夫婦。女好きの夫は、ある夜、観劇中に出会ったイギリス人兄妹の妹に興味を惹かれます。きっかけをつかんで、彼らと知り合いになった夫婦は、兄妹の家に招待されます。夫は、あの女性には以前どこかであったことがあるはずだ、と繰り返し語りますが、妻は取り合いません…。
 タイトルどおり、超自然味が濃厚な怪奇小説。懐疑的な妻を語り手に設定したことで、効果を上げています。

 『わらしべ』 ある日夫の留守中に本の間にはさまった手紙を見つけた妻。それは夫にあてた女性の恋文でした。妻は、夫と別れることを、つらつらと考えはじめます…。
 まだ事態が始まってもいないのに、妻の思考はどんどんと進んでいきます。あまりにもリアルな妄想は、人生をも変えてしまう、というよくできた作品。

 『いつかあるとき』 出世しか念頭にない軽薄な青年は、法律家見習いの仕事として、亡くなった女性の遺品管理に訪れます。その女性はなんと餓死したというのです。実務的に処理を続けていた青年は、しかし女性が残した何枚もの自画像を見ているうちに、異様な興奮にとりつかれてしまいます…。
 女性の自画像を通して、人生の悲劇的な面を知る青年。「ティンパニの一撃」を聞いた青年のその後の人生とは? 皮肉な結末が、リアリティあふれる作品。

 『白熊』 深夜に帰宅した夫は、電気もつけずに突然妻に質問を始めます。動物園でふたりが初めて出会ったとき、本当はお前は別の男を待っていたのではなかったのか? 質問を受け流しながらも妻は不安にかられます…。
 夫の意図は何なのか? 驚くべき結末が待ち受ける幻想小説。

 『作家稼業』 世間にも認知され、有名な作家となった男は、突然執筆への意欲をなくし、転職をしようと考えます。義兄に相談してもまともにとりあってもらえず、面接に行っても断られるばかり。精神科の看護人の募集を耳にした男は、これこそ自分にあった仕事だと思い、さっそく連絡するのですが…。
 突如として作家稼業をやめたくなった男の試行錯誤を、ユーモアをまじえて描く作品です。男のどんな言動も受け入れる、包容力あふれる妻の存在が印象的。

 『火中の足』 働く独身女性の「私」は、ある日ひじに出来た内出血によるあざに気が付きます。しかし痛みは全くないのです。それからも、指の切り傷、のどの炎症、果ては骨折までしていても、全く痛みがないことに驚きを覚えます。それとともに「私」は、感情や感覚までが麻痺しつつあることに気が付きます…。
 痛みを感じなくなった女性。痛みは何の寓意なのか、いろいろと考えさせられる問題作。

 『怪鳥ロック』 ある日部屋の中にとつぜん現れた巨大な鳥。ドアを開けても、出ていく気配は一向にありません。知人に相談しようとしても、なぜか鳥のことは口に出せないのです。しかも見るたびに、鳥は大きくなっていきます…。
 カフカを思わせる不条理小説。鳥が何を意味しているのかはわかりにくいのですが、物語としても面白い短編です。

 『天使』 年配の未亡人の「私」はあまった部屋に下宿人を置くことを考えます。やってきた若い娘エヴァが気に入ってしまった「私」は、なにくれとなく世話を焼きます。世話をされるのが当然といわんばかりのエヴァは、やがてボーイフレンドを連れ込みます。そして子供が産まれるにいたって「私」はどんどんと家のすみに追いやられていくのですが…。
 無邪気な顔をした居候によって、やがて家の主導権がうばわれてしまう、というヒュー・ウォルポール『銀色の仮面』を思わせる作品。被害者であるはずの「私」が、加害者を「天使」とあがめつづけるのが、無気味さを増しています。

 『船旅』 間違えて違う船に妹を乗せてしまったドン・ミゲルは、妹の行方を探しますが、まったく見つかりません。やがて届いた手紙にはその船の情報も場所もしるされていません。手紙を読み進むにつれて、常軌を逸してくる妹の記述に、彼は困惑するのですが…。
 「船旅」とは「死への旅」なのか? 船や乗客の描写の気味悪さが印象に残る幻想小説。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
わたしもこの短編集を読んで、奇妙な味的な雰囲気を持っていたり幻想的な作品が多いと感じました。個人的には「雪どけ」「白熊」「天使」などが良かったです。よく解らないのもあったけれど…。ドイツ文学にしては(?)堅苦しくなく読み易易かったような記憶があります。
【2007/01/06 23:41】 URL | てん一 #- [ 編集]

>てん一さん
おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

てん一さんは、お読みでしたか! いやあ普段、純文学ものは読まないんですけど、この作家、以前にハヤカワFT文庫にファンタジー長編が入っていたので、名前で買ってしまいました。
でも内容は、予想以上に面白かったので、よかったです。
そうそう、ドイツ文学的な堅さが全然なくて、かなり読みやすい本でしたね。『幽霊』とか『白熊』などは、もう完全に怪奇小説で楽しめました。難解なものもあったけれど、幻想的な事件が起こる起こらない以前に、物語として楽しめるものが多くて、なかなかの拾いものだったと思います。
【2007/01/07 00:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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