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信仰と幻影  タニス・リー『幻魔の虜囚』
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 タニス・リーの長篇『幻魔の虜囚』(浅羽莢子訳 ハヤカワ文庫FT)は、絶大な魔力を持つ魔術師に支配される青年を解放するため、奴隷少女が魔女に習った魔法で立ち向かう…というファンタジー作品です。

 幼い頃に攫われ異国で奴隷となっていた少女シャイナ。村にやってきた興行師カーニックの一座の中にいた美青年に恋をしてしまいます。カーニックの正体は、邪悪な神の力を借り、強力な魔法を使う魔術師ヴォルクハヴァールであり、彼に青年ダジエルの魂は囚われているといいます。
 青年を救うために、シャイナは、村人から恐れられている魔女バルバヤートのもとを訪ねることになりますが…。

 恋した青年を救うために、魔女から魔術を習う奴隷の少女シャイナを主人公としたファンタジーです。
 魔女バルバヤートから、魂を遠くへ飛ばす魔術を習うシャイナでしたが、敵である魔術師カーニックの力は強大で、彼を直接的に倒す力も魔術もあるわけではありません。魂となってカーニックを偵察しているうちに、違った方向からのトラブルが発生し、四面楚歌の状態になってしまいます。
 カーニックは邪神タカーナの力を借りて、幻影を見せたり人々を操ったりと様々な魔術を行います。特定の人間から魂を捕えて操り人形のようにすることも可能で、シャイナの想い人ダジエルもそうした形で、カーニックの一座の「俳優」にさせられているのです。

 悪の魔術師を少女が打ち倒す…。基本的なお話はその通りなのですが、この悪の側のカーニック(ヴォルクハヴァール)が単純な悪者として描かれていないところも異色です。カーニックがなぜ今のような人間になり、どのようにして魔術的な力を手に入れたのか、といったところが詳細に描かれていきます。その描写の精細さは主人公シャイナに劣らないほどで、ある意味でもう一人の主人公とも呼べる存在となっています。
 カーニックの力の源泉は邪神タカーナへの信仰で、その力を使って魔術を使用しています。少年時代のカーニックが、とある共同体においてタカーナの力を使って支配者になったエピソードも語られており、この時は失脚してしまうのですが、再びタカーナによる力を手に入れ、絶大な魔術力を手に入れることになります。
 カーニックが邪神にささげる「信仰」そして「神」の存在は、この作品における重要なテーマとなっています。人間カーニック自身にはそれほどの魔力はなく、あくまで神の力を借りているのです。この「信仰」「信じること」の力は、カーニックだけでなく、他の人間にも力を与えることが示唆されており、実際シャイナもまた、その「信仰」を利用して戦うことになります。
 また後半シャイナの危機を救うために、魔女バルバヤートが行う魔術は、「信じること」そのものによって世界の事実改変を行ってしまう、という凄まじいもので、作品の山場の一つともなっています。

 主人公シャイナは、非常に意思の力が強くまっすぐな少女として描かれており、そのキャラクター像も魅力です。奴隷という逆境にありながら意思を曲げず、青年ダジエルに一目惚れしてしまい、その一途な愛の力が強大な魔術師を倒すことになる、というのにも爽快感がありますね。
 カーニックもまた、シャイナとは違った形で魅力のあるキャラクターとなっています。生来残忍ではありながら殺すこと自体には大して快楽を感じないため、行きついたのが他人の意思を剥奪し意のままに動かすことでした。倒錯した欲望ではありますが、カーニック自身の人生が詳細に描かれているため、そこには共感できる要素もあり、不思議な悪役となっています。

 あと、二人以外のキャラクターとして印象的なのが、王女ウォーナとその飼い猫ミッツ。ウォーナは不器量とされ、親からの愛情も薄い不遇な境遇で、カーニックの権力欲を満たすために妻にされそうになりますが、飽くまで拒否するなど、独立した女性として描かれています。
 ミッツはまるで人間のように生彩豊かに描かれますが、後半ではシャイナの「協力者」となることもあり、意外な働きを示すことになります。

 上記に書いたように「信仰」「信じること」が重要なモチーフになっており、信じ抜くこと、意思を曲げないことが、いい意味でも悪い意味でも描かれています。それをそれぞれ体現しているのがシャイナとカーニックといえます。その意味では表裏一体のキャラクターともいえるかもしれませんね。
 飽くまでシャイナの人間的成長が優先されて描かれているため、単純なハッピーエンドにはならないのですが、そうしたほろ苦さを含めて、豊かで情感あふれるファンタジー作品となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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