ヒト、幽霊にあう  梅田正彦編訳『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』
4862650430鼻のある男―イギリス女流作家怪奇小説選
ローダ ブロートン 梅田 正彦
鳥影社 2006-12

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 怪奇小説の名品には女流作家のものが多い、とは、この道の好事家たちがこぞって言う意見ですが、本書『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』(梅田正彦編訳 ローダ・ブロートン他著 鳥影社)を読むと、なるほどと頷けるものがあります。
 編者の梅田正彦には、以前にもマイナー怪奇作家、バーナード・ケイプスの怪奇小説集の翻訳があります。そのときにも、なかなかの選択眼だと感心したのですが、本書『鼻のある男』でも、期待は裏切られませんでした。
 女流作家という言葉から連想される「繊細さ」はもちろんのこと、物語性の豊かな作品が集められている印象を受けます。玄人の編者が陥りがちな、雰囲気だけの退屈な作品が、ほとんどないのが嬉しいところです。
 それでは、以下面白かった作品について紹介しましょう。

 ローダ・ブロートン『鼻のある男』 新婚間もない若夫婦。しかし妻のエリザベスは、悪夢に出てくる「鼻のある男」への恐怖を訴えます。旅行の先々でエリザベスの目に映る「鼻のある男」。しかしその姿は夫には全く見えません。折悪しく、危篤の大叔父のもとを訪ねる必要に迫られた夫が、ようやく妻のもとに帰ると…。
 「鼻のない男」ではなく「鼻のある男」という描写がインパクトあふれる作品ですが、ただ特徴的な鼻だというだけで、かなり肩すかしではあります。内容はオーソドックスなゴースト・ストーリーですが「鼻のある男」の由来や来歴など、まったくの謎にしてあるところが、無気味さを増しています。

 イーディス・ネズビット『すみれ色の車』 精神に変調をきたした妻を介護に来てほしい、という依頼を受けた看護婦の「わたし」。しかし当の夫人は、全く正常だとしか思えません。しかも彼女が言うには、おかしいのは夫のほうだと言うのです。夫は、娘を自動車事故で亡くしてから「すみれ色の車」を見続けていると…。
 本当におかしいのは夫なのか妻なのか? 人間の心の謎をからめた、異色の幽霊譚。

 D・K・ブロスター『超能力』 資産家のオーストラリア人夫婦が見学に訪れた家は、素晴らしい景観と美しい家具のある、言う事のない家でした。しかし妻は、何か気色の悪いものを感じていました。不自然な位置においてあった敷物の下のしみを発見した彼女は、ヒステリーを起こしてしまいます。かってその家には、ある惨劇があったのです…。
 後半の惨劇の由来を語るパートがかなり興味深い作品です。催眠術や、日本趣味などの小道具も凝っていますが、20世紀前半に書かれたとは思えないほどの、スプラッターシーンが特徴的。

 アミーリア・エドワーズ『第三の窯』 ウースターシャーの陶磁器生産所で働く「おれ」は、仕事場頭のジョージ・バーナードに目をかけられて、公私ともに友人として過ごしていました。生真面目なジョージには、素朴ながら美しい娘リーアという婚約者がいましたが、フランスの有名な窯場からやってきたロラーシュという男が現れてから、事態は変わりはじめます。ロラーシュがリーアを横取りした直後に、ジョージは窯場で失踪してしまいます。しかし「おれ」はその後もジョージの姿を目撃しているのです…。
 恋人を横取りされた男が、殺人に走るのかと思いきや、姿を消してしまうところが面白いです。ジョージが死んだのか殺されたのかも曖昧にしている結末には、妙な味があります。

 キャサリン・ウェルズ『幽霊』 病気で臥せっていた少女は鬱々としていました。大ファンである有名な俳優パーシヴァル・イーストが階下のパーティーに来ているというのに、会えないのです。気をきかせた伯父が連れてきた俳優に会えて、少女はのぼせてしまいます。余興で幽霊の扮装をするというイーストの提案に一も二もなく賛成した彼女は、しかし直後にドアから入ってきた人物が、不自然なほど小さいのに気が付きます…。
 H・G・ウェルズの妻キャサリンによる珍しい作品。掌編といっていい長さながら、盛り上げ方も上手く、無駄のない作品です。

 メイ・シンクレア『仲介者』 地方史編纂を生業とするガーヴィンは、クレイヴン地方を訪れます。彼は、子供のいない静かな下宿を探していましたが、諸処の事情から、何やら評判の悪いファルショー家に下宿をせざるを得なくなります。その家に住んでいたのは、粗野ながら魅力のなくもない姪のオンニーと、ファルショー夫妻の三人。妊娠中の妻は異様に陰鬱でひきこもっており、その妻の影響か、夫も憂鬱にとらわれていました。
 子供はいないという話のはずなのに、夜中に聞こえる子供の泣き声に、ガーヴィンは不審の念を抱きます。もしやオンニーの不始末の結果、夫妻は子供を粗略に扱っているのではないだろうか? そうガーヴィンは推量しますが、村医者のマッキノンから聞かされた事実は驚くべきものでした…。
 夫妻の精神的・性的な葛藤が描かれる部分の濃度が半端ではありません。過度な性衝動と自我を持つファルショー夫人のキャラクターの印象は強烈。現代ならいざ知らず、20世紀初頭にこんな作品が書かれていたとは驚きです。人間の心理と幽霊現象とが、不可分に結びついた物語の展開は見事の一言につきます。
 夫妻やオンニーには見えない子供の霊がガーヴィンだけに見えるのは何故なのか? 「仲介者」としての役目を自覚したガーヴィンのとった行動とは? 何やら「ゴースト・ハンター」ものの趣もある、独創的なサイコロジカル・ゴースト・ストーリー。

 同じ女流作家の怪談を集めたアンソロジーとしては、シンシア・アスキス他『淑やかな悪夢』(創元推理文庫)がありますが、個人的には『鼻のある男』に軍配を挙げたいところです。少なくともメイ・シンクレアの『仲介者』だけでも、読む価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
迷わず読みます
『淑やかな悪夢』と比べて『鼻のある男』に軍配を挙げるということであれば、もう読むっきゃないですねv-237
【2007/01/03 21:58】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

よかったです
久しぶりに、「怪奇小説」を堪能させていただきました。
編者の梅田正彦氏は、展開に「動きのある」作品 が好みのようで、その点退屈はさせないと思いますよ。
記事中でもふれていますが、メイ・シンクレアの作品には感心させられました。怪奇小説史にはわりとよく名が挙がるビッグネームのひとりですが、これほど力量のある作家だとは思いませんでした。シンクレアは『胸の火は消えず』とか『希望荘』とか、いくつか読んだ覚えがありますが、あんまり印象に残る作品ではなかったような気がします。
【2007/01/03 22:09】 URL | kazuou #- [ 編集]

ネズビットといえば
児童文学でお世話になった作家なんですが、こういうお話も書いているのですねえ。
とはいえ、「砂の妖精」シリーズなんかは、それなりに楽しんで読んだものの、他の作家に比べて物凄いはまったわけでもなく。
うーん、大人向けで読むと、また違う風味で読む事が出来るのでしょうか。
【2007/01/06 23:31】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

>つなさん
逆に、僕はネズビットの児童文学をほとんど読んでないので、怪奇小説作家として認識してました(笑)。
この人、怪奇小説を書かせると、かなり上手いです!雰囲気もいいし、何より話が面白い。
ファンタジー短編は何編か読みましたが、おもしろかった覚えがあるので、もしかしたら、長編より短編のほうが上手い人なのかもしれません。
ちなみに長編で読んだのは『砂の妖精』のみ。たしかにそれほど頭抜けた作品ではなかったかも。
【2007/01/07 00:05】 URL | kazuou #- [ 編集]

堪能しました
本日読了!
『仲介者』には圧倒されました。収録作品中では(たぶん)唯一理に走っているのですが、ちっとも嫌味ではない。最近日本で流行のべたべたした人情幽霊ものとは一線を画して感動を与えるゴースト・ストーリィだと思います。
他の作品の水準もなかなか。
幽霊譚は英国に限りますね♪
【2007/01/13 23:43】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

明晰なゴースト・ストーリー
そうなんですよね。『仲介者』は、ゴースト・ストーリーとしては珍しく、かなり明晰な論理で書かれた作品だと思います。一見「怪奇小説」というよりは「ミステリ」に近い感触ですが、その感動の質はやはり「怪奇小説」ならではのもの。
メイ・シンクレアは、フロイトに影響を受けたそうですが、それが「嫌み」にならず、うまく取り込まれた佳品ではないかと思います。
【2007/01/14 08:57】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして。

「鼻のある男」の記事を検索してるうちに、こちらへたどり着いた者です。

『仲介者』はかつて平井呈一氏が、バレイジの『蝋人形』等とともに
「ぜひ紹介したい」と生前に語っていた一編だけあって傑作ですよね。

ミステリ仕立ての作風ですとエリザベス・ボウエンの作品が好きですが、
メイ・シンクレアの短編は異なる趣がありますね。

この選集、傑作揃いですが、中でもウェルズ夫人の「幽霊」が気に入ってます。
掌編ながら洗練されていて、ウェイクフィールド的な味わいが印象に残りました。


アン・ブリッジの怪奇譚も好きですが、翻訳はでそうもないですね(笑

【2007/01/14 11:04】 URL | newt #- [ 編集]

>newtさん
newtさん、はじめまして。

『仲介者』は、ほんとうに傑作で、この一編だけでも、このアンソロジーを読む価値がありますね。
エリザベス・ボウエンもけっこうミステリっぽい作風ですよね。シンクレアと共通するのは、怪奇現象そのものよりも、それに関わる人間の心理に興味が向かっている、というところでしょうか。
ウェルズ夫人の『幽霊』は僕もお気に入りの作品です。たしかにウェイクフィールドの『防人』なんかに近い味のある作品ですね。

アン・ブリッジ! いやあ単体での翻訳は難しいと思います。アンソロジーに収録されるのを気を長くして待つしかないでしょう。

そういえば、バレイジもかなり品のある作風で好きなので、ぜひ翻訳してもらいたいですね。国書刊行会か東京創元社に期待したいと思います。
【2007/01/14 13:30】 URL | kazuou #- [ 編集]


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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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