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運命の女たち  ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
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 ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』(中野善夫訳 国書刊行会)は、音楽、文学、演劇の研究者としても知られたイギリスの女流作家ヴァーノン・リー(1856-1935)の幻想小説を集めた作品集です。

 リーの幻想小説、いくつかの特徴があります。古い時代の歴史や遺物が登場したり舞台になっていること、芸術が重要なモチーフになっていること、現実の女性であれ超自然的な存在であれ、男性を悲劇に誘い込む「運命の女」(ファム・ファタール)的な女性が出てくること。これら全てが合わさって、芸術を通して過去からの亡霊や因縁が現在の人間を苦しめる…というパターンもありますね。

「永遠の愛」
 イタリアを訪れたドイツの研究者の「私」は、300年以上前に何人もの男を死に追いやった悪女メデアについて調べているうちに、彼女に夢中になってしまいます…。
 歴史に残る悪名高い女性に囚われてしまった男が、最終的にはその「霊」と遭遇する…という幻想小説です。殺されるのが分かってなお夢中になってしまう美女の恐ろしさが印象的です。
 過去のエピソードとして語られるメデアの「悪行」も凄まじく、死後の存在以前に、生前の姿がすでに恐ろしいという稀有な人物となっています。

「教皇ヒュアキントス」
 主との賭けで、悪魔はとある男オドーに様々な誘惑を仕掛けることになります。悪魔の計らいで幸運を手に入れたオドーは、やがて教皇ヒュアキントスと呼ばれることになりますが…。
 悪魔に誘惑される聖者を描く作品なのですが、この悪魔の誘惑が全て相手を良い方向に導いてしまう…というのが面白いですね。悪魔の目的は何なのか?という寓話的な作品です。

「婚礼の櫃」
 親方のセル・ピエーロの娘マッダレーナと結婚することになっていた職人デシデリオは、マッダレーナに横恋慕した貴族のトロイロ殿に彼女をさらわれてしまいます。トロイロ殿の依頼で作られた婚礼の櫃が彼らの元に帰ってきますが、そこに入っていたのはマッダレーナの遺体でした…。
 恋人を殺された男の復讐譚です。仇相手となるトロイロの残忍酷薄さもあり凄惨なお話になっています。

「マダム・クラシンスカの伝説」
 「私」は、貧者救護修道女会の修道女から受けた印象があまりにも強烈だったため、彼女のことを友人のチェッコに訊ねることになります。その女性マダム・クラシンスカは、かっては美貌と莫大な資産を持った自由な女性でしたが、ある時、息子を失いおかしくなってしまったソラ・レーナとの出会いを機に変わったというのです…。
 ある女性が慈善の道に入った経緯を語る奇跡譚でしょうか。ソラ・レーナの人物像が印象的です。

「ディオネア」
 サン・マッシモの村の海岸に倒れていた幼い褐色の少女ディオネア。彼女を引き取る家がなかったため、王女レディ・エヴェリンの援助金をもとに修道院の世話になることになります。ディオネアは美しく成長しますが、彼女が傍を通り過ぎると、若者たちが互いに恋に落ちてしまうというのです…。
 周囲の男女を恋に迷わせてしまう魔性の少女を描く物語です。本人が惑わすというよりは、媒介となって周囲を惑わし、しかもその相手が普通なら魅力を感じないような相手だというところが独特ですね。
 最後まで正体も分からず、悲劇的な事件を起こしたまま行方が分からなくなる…というところも神秘的です。

「聖エウダイモンとオレンジの樹」
 カエリウスの丘の斜面に居を構えた聖者エウダイモン。こちらも聖者である神学者カルポフォルスと柱頭行者ウルシキヌスはエウダイモンのことが気に入らず、絶えず議論を仕掛けますが、毎回いなされていました。
 新しい葡萄園を作ろうと地面を掘っていたエウダイモンは、大理石の女性の彫像を掘り当てます。それはウェヌスの像でした。小作人たちと競技を楽しんでいる際に、自身がかって結婚を考えていた娘のために買った指輪を外し、その像の右手の指に嵌めますが、気付くと像の手は拳を握りしめており、指輪が外せなくなっていました…。
 善良な聖者をめぐる奇跡譚です。異教の像に指輪を嵌めたところ外せなくなってしまうという、メリメの有名作「イールのヴィーナス」とも共通するモチーフが扱われています。メリメ作品が悲劇に終わるのに対して、こちらのリー作品では、聖者の力により奇跡が起こるという暖かいお話になっていますね。
 エウダイモンにちょっかいを出し続ける二人の聖者も実のところ憎めない人物たちとして描かれているのも味があります。

「人形」
 ウンブリア地方のフォリーニョを訪れ骨董巡りをしていた「私」は、そこでオレステスとう魅力的な骨董商と出会います。彼の手引きでとある伯爵の邸宅を見ていたところ、1820年代の衣装を纏った大きな人形に出会います。それは伯爵の祖父の最初の妻の人形だというのです。
 美しかったというその夫人は結婚後数年で亡くなり、半狂乱になった伯爵は写真に基づいて人形を作らせ、その人形と一緒に過ごしていたというのですが…。
 亡くなった妻をモデルに作られた美しい人形と出会った女性を描く物語です。人形にまつわる話を聞いた「私」は人形を買い取ろうと考えるのですが、
 その行為が人形、ひいてはモデルになった妻を思ったものだった…という情感あふれるお話になっています。

「幻影の恋人」
 真面目で善良な男オーク氏から夫婦の肖像画を依頼された画家の「私」。彼らの住む館の素晴らしさに驚く「私」でしたが、オーク夫人アリスは「私」どころか、夫にすらろくに関心を払っていませんでした。
 アリスと夫は親戚だといいますが、一七世紀初頭の一族の先祖ニコラス・オークとその妻アリスに絡んで凄惨な事件があったということを聞きます。アリスとの浮気を噂された若い詩人ラヴロックが、アリスと夫によって殺されたというのです。ラヴロックの残した詩の手稿を見つけたアリスは、ラヴロックの話を夫にするようになります。
 妻からラヴロックが実在するような話を聞かされているうちに、オーク氏は嫉妬の念にかられるようになっていきますが…。
 先祖の三角関係が現代の夫婦にも再現される…というお話なのですが、面白いのは、現代においては浮気相手となる男が実在しないところ。
 妻のからかい(?)、そして妻の言葉を信じてしまう夫によって、本来いないはずのラヴロックの幽霊(思念?)が存在感を増していく…という過程には迫力がありますね。
 実際にラヴロックの霊が現れたのか否かははっきりしないのですが、妻アリスの夫に対する残酷さは強烈な印象を残します。

「悪魔の歌声」
 古典音楽を愛する作曲家のマグナスは、アルヴィーゼ伯爵から一八世紀の歌手ザッフィリーノの話を聞かされます。彼はその魔性の歌で女性を意のままにできたといいます。伯爵の大叔母ピサーナも彼の歌によって殺されたというのですが…。
 かって一世を風靡した魔性の歌手ザッフィリーノをめぐる怪奇小説です。彼の霊(?)と歌によって作曲家の才能が潰されてしまうという音楽奇談となっています。

「七懐剣の聖母」
 女性をたぶらかしては捨てる行為を繰り返していたミラモール伯爵ドン・フアン・グスマン・デル・ブルガルは、グラナダの七懐剣の聖母の前で、彼女ほど美しい女性はいないと祈りを捧げます。
 美しい女性を求めるドン・フアンはユダヤ人バルクの力を借り、魔術的な手段で数百年前に眠りについたというコルドバの賢王ヤハヤの王女を手に入れようとしますが…。
 現実の女性に飽き足らなくなったドン・フアンが伝説の王女を手に入れようとするものの、それに失敗してしまう…という物語。伝説の王女が、今まで実際に付き合ってきた女性一人一人と、どちらが美しいのかドン・フアンに問いかけていくシーンは圧巻です。
 結末を迎えたかのように思えた後のエピローグ部分にも驚きがありますね。

「フランドルのマルシュアス」
 一二世紀末に、デュンの岸辺に打ち上げられていたイエスの石像。十字架はなかったその像は小さな教会に納められることになりますが、度々起こる奇現象は奇跡として評判を呼んでいました。後から加えた十字架はたびたび投げ落とされ、関係者には死者までもが出ていましたが…。
 聖像をめぐる奇跡譚と思いきや、真相が後半で明かされると同時に、それが忌まわしい怪奇小説に変貌するという技巧的な作品です。なぜ聖像が十字架を拒否するのか…という理由が明らかになる部分には説得力がありますね。

「アルベリック王子と蛇女」
 老齢になっても若さを失わないことで有名な老公爵バルタサール。彼の孫息子アルベリックは、碌に世話もされずに放っておかれていましたが、幼い頃から部屋に飾ってあったタペストリーに愛着を抱いていました。それは彼の先祖である金髪のアルベリックと蛇女オリアナの物語を描いたものでした。
 差し替えられたタペストリーをアルベリックが切り裂いたことを聞き激怒したバルタサール公爵は、アルベリックを一族発祥の地に立つ古い城<煌めく泉の城>に追いやってしまいます。そこで美しい女性と出会ったアルベリックは、彼女を教母として慕うようになりますが…。
 蛇の化身である美しい女性に恋するようになった若き王子を描く、幻想的なファンタジー作品です。蛇の化身オリアナを愛するようになるアルベリックでしたが、その立場や政治的圧力から、結婚を強制されそうになり、それを拒否することで悲劇を迎えてしまうのです。
 不思議な力に出会うアルベリックだけでなく、年を取らないように見えるバルタサール公爵のキャラクターも独特ですね。

「顔のない女神」
 マンディネイアの賢女ディオティマは、彫刻家フェイディアスにアテナ像の作成を注文します。彼が作ったアテナ像の顔が気に入らないディオティマはたびたび修正を要求しますが…。
 完璧な神の顔を作成することはできない…という寓話的な作品です。フェイディアスに諭されたディオティマの台詞も気が利いています。

「神々と騎士タンホイザー」
 デューリンゲンの吟遊詩人タンホイザーに恋した女神アプロディーテは、タンホイザーが歌合戦に出かけると言い張っているのを止めようとしていました。行ったら最後、彼は帰ってこないのではないかというのです。
 話を聞いたアポロンとアテナは人間に化けてタンホイザーに同行し、彼を連れて帰ってこようと言いますが…。
 これは何とドイツのタンホイザー伝説を、彼に絡んだオリンポスの神々側から描くというコミカルなファンタジー作品です。
 恋人であるアプロディーテの頼みで、歌合戦に向かうタンホイザーに同行することになったアポロンとアテナが事態を引っ掻き回すことになります。アポロンやアテナが、彼らを普通の人間だと思い込んだ人物たちと頓珍漢な会話を交わす部分は抱腹絶倒です。さらにタンホイザー自身も愚かな人物として描かれていますね。
 神々が非常に人間的に描かれており、人間たちだけでなく神々さえも笑いのめす、楽しいファンタジー作品になっています。

 この『教皇ヒュアキントス』、耽美的な芸術小説、雰囲気のあるゴースト・ストーリー、ユーモラスなファンタジー、美しい奇跡譚など、ヴァーノン・リーの様々な傾向の幻想小説が楽しめる、良質な作品集となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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