白い黒人  マーク・トウェイン『まぬけのウィルソン』
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まぬけのウィルソンとかの異形の双生児
マーク・トウェイン Mark Twain 村川 武彦
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 マーク・トウェインの『まぬけのウィルソン』は、作品中で「指紋」を初めて使用しているということで、ミステリ史でも取り上げられることの多い作品です。時代的には、ミステリ黎明期にあたる時期の作品のため、今となっては、ぬるい作品ではないの?と思われるかもしれませんが、これがまた面白い! ミステリとしてどうだ、という以前に、物語として、コメディとして、抜群に面白いのです。
 なお、本作が収録された『まぬけのウィルソンとかの異形の双生児』(村川武彦訳 彩流社)は、『まぬけのウィルソン』と成立過程を同じくする作品『かの異形の双生児』を収録するという、面白い構成になっています。
 ミズーリ州ドーソンズ・ランディングという町に、あるとき、デーヴィッド・ウィルソンなる男がやってきます。ウィルソンは、この町で、弁護士として開業するためにやってきましたが、不用意な発言をしたために「まぬけのウィルソン」なる渾名を頂戴してしまいます。風変わりな彼の趣味は、人々の指紋をガラス板にとり、収集することでした。
 数十年後、殺人事件が起こります。容疑者は、ヨーロッパからやってきた双児の兄弟。彼らは、以前に被害者と決闘になったいきさつがあり、命を狙われていることを知っていました。しかも、紛失したと思われていた双児のナイフが凶器に使われたことから、双児の容疑は濃厚になります。しかし、ウィルソンはナイフについた指紋から、犯人は別の人物の可能性があることを指摘します…。
 世界初の「指紋小説」とはいえ、ミステリ的に見たときの、トリックや謎解きは、さすがに今ではたわいなく感じられるところがあります。しかし、もともと作者の狙いは「指紋」による謎解きとは、別のところにある節があります。
 双児の殺人容疑の話とは別に、サブとなるストーリーとして、子供のすりかえ事件が扱われているのですが、こちらのストーリーが大変に魅力的。名門ドリスコル家の御曹子トムは、実は赤ん坊のころに、ちょうど同い年だった本当の御曹子チェンバーズとすりかえられた真っ赤な偽物。トムの実の母親であり、奴隷の身分のロクシーが、将来を悲観してすりかえたのです。このロクシーとその息子は、黒人奴隷とされていますが、黒人の血はわずかしか入っておらず、見た目はほとんど白人と変わりません。そのためにすりかえは、まんまと成功してしまいます。
 すりかえによって、御曹子となったトムは、わがまま放題に育ち、手のつけられない不良になります。実の母親であるロクシーに対する扱いも邪慳で、ギャンブルで借金を重ねます。しかも借金返済のために、盗みを何度も働く始末。
 それに対して、本来の御曹子、今は奴隷扱いのチェンバーズは、身体強健で性格はおだやかですが、作中ほとんど活躍しません。最初の頃こそ、トムとの対比で、いろいろ描写されるのですが、犯罪がからんできてミステリの要素が強まってくるころになると、わき役扱いになってしまうのです。
 作品中、大部分を占めるのは、実母から真相を聞かされたトムとロクシーとの丁々発止です。真相を知っても、行為が改まることもなく悪事を重ねるトムと、何度裏切られても、したたかに生きるロクシーとのかけあいが読み所。最後の方になるまで、トムの悪行はことごとく成功するために、ウィルソンの捜査もうまく行かず、本当にまぬけに見えてきてしまうのです。
 黒人奴隷と白人の御曹子とのとりかえ、というテーマは、同じ作者の『王子と乞食』を想起させます。身分や富と、人間的な価値とは別物であるというテーマこそが、本書でトウェインが語りたかったことでしょう。トムやロクシーは、ほんのわずか黒人の血が入っているだけで、奴隷にされてしまっているのです。このあたりトウェインは人種差別を皮肉っているのが明らかです。
 本来正しい側であるはずのチェンバーズの影が薄く、悪人であるはずのトムとロクシーが活き活きとしているのも、面白いところ。とくに母親のロクシー、彼女のキャラクターは大変に魅力的で、この作品の影の主人公といってもいい存在です。実の子に金の無心を断られると、なんと真相を話して、恐喝してしまうのです。そのくせトムの盗みの事実を知ると、事後共犯になってしまいます。息子のために奴隷に売られるかと思えば、何度裏切られても息子に愛情を抱き続けるのです。
 息子に対する愛情と憎悪、そして利己心とが混ざって、実に複雑な人格をかたちづくっています。このロクシーに比べたら、ウィルソンや他の登場人物の扱いは、ほとんど素描程度にしか思えません。本来なら主人公格のチェンバーズにいたっては、書き割り程度です。
 同じようなテーマの『王子と乞食』が、王子と乞食が互いの立場に立ち、建設的な方向に向かうのとは対照的です。本作では、重心は、悪人側のトムやロクシーにあります。被害者であるはずのチェンバーズが、最終的にハッピーエンドを迎えないのも、その印象を強めています。
 強烈なキャラクターが縦横にかけめぐる「悪人小説」として、今なお、魅力の失せていない作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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