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愛のあかし   斜線堂有紀『回樹』
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 斜線堂有紀『回樹』(早川書房)は、奇抜なアイディアとそれに絡む人間の感情を情感豊かに語ったSF短篇集です。

「回樹」
 秋田県の湿原に突然現れた、全長1キロの巨大な人型の物体は「回樹」と呼ばれていました。ある偶然から「回樹」は人間の死体のみを吸収する性質を持っていることが分かります。また、愛する者を飲み込まれた人は、その人を愛するかのように回樹を愛するようになることも分かっていました。
 恋人の初露を「回樹」に吸収させた小説家の律は、遺体を盗んだ容疑に問われていました…。
 人の死体を吸収し、その人間に愛情を抱いていた人間の愛着を我が身に移すという性質を持つ謎の存在「回樹」が登場する作品です。愛情を抱いていない人間を吸収させても、「回樹」への愛情の転移が起こらないため、自分がその人間を愛していたのかどうか、という指標にも成りうるのです。
 同性パートナーであった初露と律の愛情のもつれと葛藤、そして「回樹」の存在は彼らの愛情にとってどんな意味を持つのか?〈リドル・ストーリー〉的な結末にも味わいがありますね。

「骨刻」
 骨の中身には傷をつけずに表面にのみ文字を彫る技術「骨刻」が開発されます。表面からはその内容は見えないため、レントゲン写真とセットになって使われた「骨刻」はファッションとして一部に流行していました。
 発作性の強烈な頭痛に悩まされていた月橋青虎は、ふと思いついて頭蓋骨にある文字を「骨刻」した結果、頭痛が止んだことに触発され、「言刻会」という宗教を立ち上げます。それは骨に言葉を彫ることで病が癒えるという教義を持つ宗教でした…。
 骨に直接文字を刻む「骨刻」をめぐる物語です。その技術に触発されて新興宗教を立ち上げた男とその恋人、彼らの人生の不思議な成り行きが描かれていきます。 レントゲン写真を撮らない限りその内容は分からないという「骨刻」。一人の女性が生涯をかけて隠した愛のメッセージとは…?
 SFとしては小粒なアイディアなのですが、そこからこんな味わい深いストーリーが生まれてくるとは驚きです。

「BTTF葬送」
 近未来、作られる映画の大部分は失敗作とされ、1980年代や1990年代の映画が名作として崇められていました。映画には「魂」があり、その総量は決まっている。「魂」のこもった映画を作るには、過去の映画を葬ってその「魂」を解放しなければならない…。そんな意見が支配的になり、過去の名作映画が次々と「葬送」されていました。 「葬送」される直前の映画の上映会を訪れていた「私」は、映画の「葬送」に反対するテロリストに遭遇しますが…。
 映画には「魂」があり、それがこもった映画を作るには過去の名作を葬らなくてはならない…とされ、様々な名画が消されてしまう世界を舞台にした作品です。 その世界に順応した者、打ち壊そうとする者、それぞれ立場は違えど映画を愛する心には変わりない…というところで、いわゆるディストピア小説ではありながら、希望の持てるラストにつながっていますね。

「不滅」
 ある時を境に、人間の死体が腐敗しないようになります。腐らないばかりか、解剖するためのメスも通らないなど、物理的に変化をさせられないようになってしまいます。死体を埋葬するための土地も不足していました。 折しも、勃興してきたロケット技術によって「葬送船」を作り、船ごと宇宙に廃棄する、ということが行われ始めていました。しかしその費用は高額であり、一部の人間のみが可能な手段でした。 自らも妻を失っていた元公安の叶谷仁成は、異様に安価で仕事を請け負う葬送船が偽装ではないかと考えていましたが…。
 人間の死体が原型をとどめたまま変わらなくなってしまった世界を描く作品です。地球上での死体の処理が困難になる…という物理的な問題と共に、愛する者の遺体がそばにあり続けることによって、その人間が心理的に前に進むことができなくなってしまう…という問題も描かれています。
 お金のある人間は宇宙への葬送船に、ない人間は遺体を縦穴に大量に押し込む形でしか埋葬ができないのです。作中で遺体をどう「葬る」かということについて、極めて「実用的」な方法が示され、そこに人間が葬られるときの尊厳、また尊厳をもって扱われてほしいと願う生者の側の心理についても描かれます。様々なことを考えさせられる問題作ですね。

「奈辺」
 1741年、ニューヨークでジョン・ヒューソンの営む酒場に黒人奴隷シーザーが酒を飲みに訪れます。黒人であるシーザーを追い出そうとする客との揉め事の最中、宇宙船の故障によって不時着したという全身緑色の異星人ジェンジオが現れます。ジェンジオは見たこともない機械を使い、ヒューソンとシーザーの体を入れ替えてしまいますが…。
 黒人奴隷が合法だった時代のアメリカを舞台に、人種差別問題を描く作品なのですが、そこに緑色の異星人が登場し、それらの差別問題が相対化されてしまう…というSF作品になっています。 入れ替えられたヒューソンとシーザーが互いの置かれた状態を知り、友情を深めていく、という流れも良いですね。

「回祭」
 経済的に困窮していた、古洞蓮華(こどうれんげ)は、アルバイトとして、資産家の娘、洞城亜麻音(とうじょうあまね)の世話役をしていました。家の事情から捻くれた性格を持つ亜麻音は蓮華につらく当たり、蓮華は亜麻音に憎しみを覚えながらも、その給与の良さから、我慢して仕事を続けていました。 一方、人間の遺体を飲み込み、その愛着の対象を自らに移す性質を持つ謎の存在「回樹」の存在が一般に認知され、「回樹」に遺体を飲み込ませた家族が集まる、年に一度の「回祭」も行われるようになっていました。
蓮華は、そこにボランティアとして参加することになりますが、彼女にはある目的がありました…。
 冒頭に収録された「回樹」と同じ世界観を持つ作品です。 家の事情から虐げられ、ねじ曲がった性格になってしまった亜麻音と、仕事上の関係ながら彼女に仕えることになった蓮華。互いに憎しみしかないと思われた二人の関係には、愛情もあったのではないか?
 それが「回樹」を通して証明されることになる、という作品です。 亜麻音と蓮華の関係性が非常に倒錯しており、「回樹」をめぐるその行動原理が憎悪と意地に貫かれているように見えるのですが、その実、そこには愛情があったことが分かる結末のシーンは印象的ですね。

 作品集を通しての共通のテーマは「愛」でしょうか。特に「回樹」「回祭」で扱われるその描かれ方は斬新です。 本来目に見えず、証明することもできない「愛情」が「回樹」を通すことによって明確に証明することができるというのですから。
 その「回樹」を利用しようとする主人公たちはもちろん、「回樹」によって救いを得た人々も本当に幸福といえるのか? という部分も含めて、いろいろ考えさせられますね。

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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