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「上昇」と「終局」  キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』
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 キース・トーマスの長篇『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』(佐田千織訳 竹書房文庫)は、宇宙から届いた謎のパルスコードによって、人類が変容を来してしまうという終末SF作品です。

 天文学者ダリア・ミッチェル博士によって発見された謎のパルスコードは、明らかに人間以上の知性を持つ生命体によって作られていました。博士の元恋人ジョンを介してアメリカ政府のもとに渡ったコードは、選りすぐりの科学者たちによって解析されていきますが、それは地球人のDNAをハッキングし、人間の存在自体を変容させてしまうコードでした…。

 宇宙から送信されてきた謎のパルスコードによって、人類の脳が作り替えられ変容してしまう…というSF作品です。パルスの発見から5年後、その発見とそれによって起こった人類変容の経緯をジャーナリストのキース・トーマスが、様々なメディアをまとめて語ったノンフィクション、という体裁で描かれています。
 タイトルからも分かるように、世界中から数十億人が消失してしまった…という事実は序盤から明らかになっており、パルスコードがいかに人類を変容させ、消失に追いやったのか、世界はそれに対してどのような混乱を来したのか、といったことが詳細に語られていきます。
 元大統領ヴァネッサ・バラードや周囲の政治家たち、コードの解析に絡んだ科学者たち、パルスコードによって変容を来した当事者たち、発見者ダリア・ミッチェル博士の関係者など、多くの人物へのインタビューや手記などが集められる形になっています。

 パルスコードによって人間の脳が変容し、今まで見えなかったものが見えるようになったり、天才的な学力や芸術的才能を開花させたりと、ほとんど超能力的な力が発揮されます。作中ではそれが「上昇」と呼ばれているのですが、ただこの「上昇」を得たのは人類の約30%、しかも変容に耐えられず死んでしまう人間も多いのです。
 一度「上昇」に捉えられた人間は元に戻ることはなく、やがて「終局」を迎えてしまうのです。この「終局」とは何だったのか? というのは後半になってから分かることになります。

 伝統的なSFのテーマに従えば、「ファースト・コンタクト」「人類の進化」「終末SF」などが盛り込まれている作品といえましょうか。ただそれぞれの要素がオーソドックスではない形で現れるのが特徴です。
 パルスコードは、異星人あるいは知的生命体から発信されたことに間違いはないのですが、その知的生命体自体は全く姿を現さず、メッセージが送られてくることもありません。そのためパルスコードに侵略の意図があるのか、それとも贈り物なのか、といったことも分かりません。そもそも知的生命体の意図が地球人に理解可能なのかという問いを含めて、人類がそれを想像することしかできず、そこに不気味さがありますね。
 不気味さといえば、「上昇」した人間に関するそれもあります。高度な能力を得る代わりに、人間としての感性から逸脱していくことになり、「上昇」しなかった人間たちからは不気味な存在とされてしまいます。地域によっては、二つの「種」の間に争いや暴動、虐殺までもが起きてしまう、といったあたりも描かれています。「上昇」で現れる能力も千差万別、人によっては死んだ人間が見える、などという超自然的なものもあります。

 知的生命体側からのアクションがまったく描かれないため、パルスコードを受け取った人類側の対応のみが語られていくことになります。前半はパルスコードが本当に知的生命体からのものなのか、何の意味を持っているのか、といった議論に費やされており、ちょっと飽きてきてしまう面もあるのですが、この細部のリアリティ作りが後半生きてくる形になっており、その意味で「溜め」になっている面もあるでしょうか。「上昇」による具体的な人類の変容が描かれ始める部分が始まってからは、非常に動きも多く、面白くなってきます。
 作品全体がノンフィクションの体裁なので、たびたび注釈が挟まれる形になっており、そのあたりも面白いです。物語に直接現れない部分でも、事件があったことなどが、注釈の中で語られている部分もあり、リアリティを高めていますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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