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痛みと快楽  斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』
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 斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』(光文社)は、甘美で耽美、それでいてグロテスクな短篇を集めた作品集です。

「本の背骨が最後に残る」
 その国では紙の書物が全て焚書されていました。しかし物語は必要とされ、それは人間自身が「本」となることで解決されていました。「本」となる人間は、何か一つの物語を記憶に宿し、それを物語るのです。
 本来一つであるはずの物語を十も宿した盲目の「本」の女性十のもとを訪れた旅人は、彼女から「本」について様々な話を聞きます。同じ物語を宿した「本」同士が、誤植をめぐって「版重ね」を行い、間違いだと認められた側は燃やされてしまうというのです。
 『白往き姫』の物語について、十と赤毛の少女が「版重ね」を行うことになり、旅人はその勝負を目撃することになりますが…。
 紙の書物ばかりか、「本」となった人間そのものが焼かれてしまうという、恐るべき社会が描かれ増す。「本」が焼かれるのが見たいという嗜虐的な性質を持つ女性が登場し、その破滅的な行為が描かれていくという残酷奇譚となっています。
 燃え尽きた「本」の人間の背骨が残るという現象を表したタイトル「本の背骨が最後に残る」は印象的ですね。

「死して屍知る者無し」
 その世界では、人間は死ぬと「転化」し別の動物に生まれ変わるとされていました。また若くして「転化」する人間もいたのです。村には「師」と呼ばれる、唯一絶対に「転化」しない存在もいました。
 なりたい動物を決めていればその動物になれると言われており、少女くいなは自分は兎になりたいと考えていました。くいなが恋する少年ミカギは驢馬になりたいと話しますが、くいなは一緒に兎になってほしいと哀願します…。
 人間が他の動物に変身してしまう世界を描いた幻想小説なのですが、その「転化」のルールと世界観が思っていたのとは異なることが分かる、というお話です。動物への変身という、おとぎ話的なテーマを扱っているのではありますが、意想外に暗い世界観で、読んでいてちょっと怖くなってしまいます。

「ドッペルイェーガー」
 恋人との結婚を控えるピアニストの女性慶珠にはある秘密がありました。仮想空間「ライカス」上で自身の複製を子供の姿で作成し、その少女「ケイジュ」にありとあらゆる虐待を加えていたのです…。
 日常では温厚で優しい人間でありながら、内部に嗜虐的な性質を秘めた女性がそれを仮想空間上で発散させる、という物語です。虐待の対象には自身の人格の複製を用いており、そこに倫理的な問題はない、という発想なのです。
 人間の恐るべき二面性を描いた作品といえるのですが、その嗜虐的な性質は仮想空間内の「ケイジュ」にも受け継がれており、それが表に現れてしまう、という部分には恐怖感がありますね。

「痛妃婚姻譚」
 人の痛みをなくすという特殊な器具『蜘蛛の糸』は、代わりに別の人間に痛みを転送することで成り立っている機械でした。『蜘蛛の糸』を使い人の痛みを引き受ける「痛妃」はその痛み故に美しさを増すとも言われていました。
 「痛妃」の中でもその気品と美しさで群を抜く石榴は、ある条件を満たせば「痛妃」の役目から解放されるという噂を信じて、今日も舞台に立ち続けていましたが…。
 痛みを受け続けながら踊り舞うという「痛妃」を描いた幻想小説です。気丈さとホスピタリティが極限まで要求されるという、グロテスクなまでの状況が描かれていますね。

「金魚姫の物語」
 ある時を境に、人間一人だけの上に雨が降り続けるようになるという奇怪な現象『降涙』が起こり始めます。絶え間なく降り注ぐ水により体は変形し、やがては死に至るのです。写真を趣味とする準は、今まで撮影を断られていた少女憂から自身の写真を撮ってほしいとの頼みを受けます。彼女は『降涙』現状に襲われてしまっており、その過程を写真に撮って公開してほしいのだというのです…。
 一人の人間の上に降り続け、やがてその人間を殺してしまう怪奇現象『降涙』。美しい少女がその現象に襲われ、その死が迫るのを見守り続けることしかできない、という切ない作品となっています。美しかった少女の姿が「雨」によって醜くなっていく、という部分の描写は強烈ですね。

「デウス・エクス・セラピー」
 精神病院に入院させられてしまったフリーデは、人道的なことで知られる精神科医ヒース・オブライエンのもとで治療を受けることになります。その途次に出会った青年医師ロス・グッドウィンは、自分には予知能力があり、ヒース医師のもとに行けば、拷問されたあげくに死んでしまうと話すのですが…。
 人道的だと言われる医師と、それは仮の顔に過ぎず残酷な拷問を繰り返していると告発する青年医師、どちらの言っていることが正しいのか? 精神病院が舞台になっているだけに、誰が正常なのかが分からなくなってくる、という作品です。
 ミステリアスなサスペンスかと思っていた作品が、最終的にジャンルがシフトしていくという部分も興味深いです。

「本は背骨が最初に形成る」
 その国では人間そのものが「本」となり物語を宿していました。目を潰されながら、十もの物語を宿す「本」である十に対して、書店の娘である綴は、崇拝の念を抱いていましたが…。
 「本の背骨が最後に残る」の直接的な続編です。多くの物語を宿しながらも、倒錯した美意識を持つ十に感化された少女が、自らもその世界にはまっていくことになる、というお話です。

 ほぼ全ての収録作で、グロテスクかつ残酷な題材が扱われていますが、その一方でそれらのテーマからから倒錯的・耽美的な美しさが生まれる…という作風の短篇集となっています。
 特に「本の背骨が最後に残る」「痛妃婚姻譚」では、人間に与えられる暴力や痛みそのものが「価値あるべきもの」とされる価値観の倒立が起こっており、その濃密な世界観にくらくらしてしまいます。近年稀に見るレベルの怪奇幻想小説集といえるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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