私を見つけて  クリストファー・プリースト『魔法』
4150203784魔法
クリストファー プリースト Christopher Priest 古沢 嘉通
早川書房 2005-01

by G-Tools

 「透明」になれたら…というのは、誰でも一度は考える空想ですが、実際に「透明」になれたとしても、また違う困難が待っているのです…。
 「透明人間」という、ある種、使い古されたガジェットを使って、これほど魅惑的な物語を語り得るとは。クリストファー・プリースト『魔法』(古沢嘉通訳 ハヤカワ文庫FT)は、透明になれる能力をめぐる、異色のラブストーリーです。
 テロに巻き込まれ、記憶を失った男グレイは、ある日魅力的な女性、スーザンの訪問を受けます。彼女の話では、スーザンとグレイは、恋人同士でしたが、ゆえあって別れたというのです。グレイはスーザンと一緒に、記憶を取り戻そうとします。その過程で、グレイは再びスーザンに惹かれていくのです。
 しかし、スーザンのまわりには、常にナイオールという謎の男がついてまわります。ナイオールは、普通の人間には自分の姿を見えなくすることができる能力「グラマー(魅力)」の持ち主である、「不可視人」だというのです。そしてスーザンも「不可視人」であり、グレイもまた、潜在的な「不可視人」だと。しかもナイオールは「不可視人」にさえ「不可視」になることのできる絶大な能力を持っているというのです。いまここにこうしているときにも、ナイオールはそばで様子を窺っているかもしれない…、と。
 やがて記憶を取り戻しはじめるグレイ、しかしその記憶は、スーザンの語るものとは、微妙な違いがあったのです…。
 じつに、たくらみに満ちた物語なのですが、それを示すかのように作品の構成にも、工夫がこらされています。最初と最後に現在の状態が描かれ、あいだにグレイとスーザンの回想がはさまれる形になっているのです。
 グレイの回想では、あくまでスーザンとの出合いはノーマルであり、超能力の存在には懐疑的です。ナイオールの存在も不確かな、曖昧なものとして、捉えられています。
 それに対してスーザンの回想では、はじめから能力の存在が確かなものとして示されるのです。ここでは、「不可視人」ゆえの悲しみ、ナイオールとの関わりあいなどが語られます。ただ、スーザンもまた、ナイオールの存在が、自分の妄想ではないかと考える記述もあり、ひとすじなわでは行きません。
 透明になれる能力「グラマー(魅力)」。しかし他人から不可視になるということは、自分のアイデンティティをも見えなくしてしまうのです。「グラマー(魅力)」とは、天賦の才能なのか、それとも、人間関係を築けない重荷でしかないのか。グレイ、スーザン、ナイオール、彼らの三角関係も、それを象徴しているようです。「可視」の世界に属するグレイ、「不可視」の世界に属するナイオール、そしてその両側を揺れ動くスーザン。彼女は最終的にどちらを選ぶのか。
 全体を通して、すさまじい技巧がこらされた作品なのですが、ただ、メタフィクション的な結末は、必ずしも成功していない感じを受けます。明確な結末を求める読者には、納得がいかないかもしれませんが、すばらしい傑作であることは間違いないでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
メタフィクション!
この作家は読んだことがありませんが、おもしろそうですね。
作中の人物に作者と読者が干渉するメタフィクションはいろいろと書かれていますが、それを不可視能力とからめたところが新機軸なんでしょうか。ただ、複層構造もほどほどにしないとわかりにくくなってしまいますが。
書店で目にして気になっていた本ではあります。
【2006/12/11 19:38】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

傑作です
結末は、人によって、かなり評価が別れるとは思いますが、個人的には、かなりの傑作だと思ってます。
「不可視人」のパートは、超能力者の悲哀を描いた『デッド・ゾーン』風のエピソードで、それだけでも楽しめますよ。
プリーストは、どの作品もかなり手が込んでいて面白いのですが、やっぱりこの『魔法』と『奇術師』が群を抜いてすばらしいです。ためらいなくオススメできる作家ですね。
【2006/12/11 20:16】 URL | kazuou #- [ 編集]


『奇術師』は映画化されていて、この秋に米国、英国、韓国・・・と公開で評判を呼んでいました。
日本は来年のどの時期かはわかりませんが公開が予定されています。
『魔法』『奇術師』はkazuouさんの仰るとおり、光ってますよね。
H・G・ウェルズのパロディである『スペースマシン』も私はお気に入りです。
【2006/12/12 00:20】 URL | shen #- [ 編集]

うわー…
この本、ずっと気になってたんですよー。これと「奇術師」。
kazuouさんのところに登場すると、まさに駄目押し的効果があります。
こちらの記事を拝見して、ますます読みたくなってしまいました!

ハヤカワ文庫FTは読んでるんですけど、今は古い方から順番にって感じなので
そのままいったら、この作品まで辿り着くにはまだまだ時間がかかるんですよね。
下手したら3年後?!(笑)
やっぱりこれは買ってきて先に読もうっと!

と言いつつ、きっと来年ですが…(^^ゞ
【2006/12/12 06:28】 URL | 四季 #Mo0CQuQg [ 編集]

>shenさん
最初に読んだプリースト作品は、『魔法』(ハードカバー版のほうですね)で、そのあと、いくつかプリースト作品を読んでみたんですが、どれも面白かったです。
『スペースマシン』もプリーストにしては軽めの作品ですが、なかなかでしたね。個人的には、悪夢めいた雰囲気の『ドリームマシン』もお気に入りですね。
『奇術師』の映画作品は、ほんとに楽しみにしています。
【2006/12/12 07:19】 URL | kazuou #- [ 編集]

>四季さん
いやあ、これ、とんでもなくすごい作品だと思いますよ。
いわゆる「語り」の技巧がすさまじいです。一回読んだだけだと、理解しきれないかも。
とりあえず『魔法』と『奇術師』は、いの一番に読むべき作品じゃないかと、個人的には思います。
【2006/12/12 07:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


三年越しくらいの積読本です…。最初だけ読んでほったらかしです…。メタフィクションとか難しいのは苦手です。しかし、kazuouさん、絶賛気味だし、読んでみようかなあ……。
【2006/12/12 23:33】 URL | てん一 #- [ 編集]

大丈夫です
いちばん最初は、まだあんまり面白くないんですよ。超能力の存在が出てくるあたりから、どんどん面白くなります。
それに、メタフィクションといっても、全然難しくないですよ。読んで損はない作品だと思います。
【2006/12/13 06:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

プリースト
久しぶりに、kazuouさんのところで、本のお話が出来て嬉しいです♪
四季さんところで、kazuouさんオススメで四季さんが読まれたとあったので、私も私も~!と読んでみました。笑
まさしく、自分の前にも”雲”がかかるような物語で幻惑されました。
”雲”、”魅する力”などの使い方も面白かったです。
「奇術師」の映画は、予告を見ていると、何だか怖くって・・・。
kazuouさんは見に行かれるのですか?
*トラバいたしました。
【2007/06/16 22:47】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

>つなさん
コメント&トラバありがとうございます。

そうなんですよね。最初はわりと普通っぽい小説なんですけど、いつの間にか不穏な雰囲気に…というところが、たまらない魅力ですね。
プリーストはある種、使い古されたSFのネタを使って斬新な物語に仕上げるのがものすごくうまいです。
記事中には書かなかったんですけど、この作品のメインテーマとそっくりな短篇を読んだことがあるんですよね。たしかアルジス・バドリスの作品だったと思うんですけど。でも同じネタを使っていても、プリーストの方がテーマを深化させているというか、また違った風に仕上げているので、ネタがかぶっている…という感じはしないです。

「奇術師」の映画化作品はぜひ見てみたいですね。
【2007/06/16 23:05】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「魔法」/the glamour

クリストファー プリースト, Christopher Priest, 古沢 嘉通「魔法 」原題の、「glamour」と「魔法」とは、なんだか相容れない感じだけれど、法月綸太郎氏による解説によると、そんなことはないらしい。glamourという言葉は、原題英語では「(妖しい)魅力」や 日常&読んだ本log【2007/06/16 22:14】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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