悪の慈善家  コリア・ヤング『トッド調書』
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 生き延びさせる価値のある人間のためなら、価値のない人間を犠牲にしても許されるのだろうか? 古くからある、この倫理的なテーマを扱った医学ミステリが、コリア・ヤング『トッド調書』(皆藤幸蔵訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)です。
 世界有数の大富豪であるホレス・トッド。彼は心臓を病み、死にかけていました。心臓移植手術をしなければ、いまにも命がなくなるという状態。しかもトッドの血液型は、非常に稀なものだったのです。
 病院への問い合わせの結果、たまたま同じ血液型の女性が危篤状態にあることがわかります。しかし、女性の家族は宗教上の理由から、移植手術を拒みます。望みを絶たれたかに思われた直後に、偶然にも有名な元スポーツ選手が死に、移植手術は行われることになります。
 手術を担当した医師は、スポーツ選手の遺体を見て不自然な点に気付きます。もしや彼は、臓器移植のために殺されたのではないのか…?
 作品は、各登場人物の手記で構成されています。重要人物であるトッド自身は、最後まで登場しないのがミソで、周りの登場人物たちの主観から、そのキャラクターが描き出される仕組みになっています。トッドは、莫大な資産と、絶大な権力を持つ人物ですが、この種のタイプにありがちな傲慢さとは縁遠い人物です。むしろ慈善家、人格者としての面が強いらしいことが、登場人物たちの情報から、うかがえます。
 恩を受けた人物には礼を忘れない。そうした人物が、自分が生き延びるために他人を殺すだろうか? 作品を読みすすめながら、そんな疑問が浮かび上がってきます。
 ここまで読んだ方なら、だいたい真相は予想がつくと思うのですが、作品の主眼はそうした推理的な部分にはありません。本質的には、善人であるトッドが、それでも悪を犯してしまう。そうした人間のミステリアスな部分を探るのと同時に、読者にも倫理的なテーマを考えてもらおうという、意欲的な作品になっています。
 ただ、トッド自身のキャラクターはかなり細密に描かれるものの、その犠牲者となる方の人間に関しては、あまり、ふれられません。犠牲者の側に関しても、もっとスポットをあてていれば、人間の割り切れなさを描く、という点で、もっと面白くなったとは思えます。そういう点を含めて、掘り下げが足りないのは否めないのですが、作品の構成にも工夫がしてあり、退屈せずに読むことができます。
 ちなみに、作者コリア・ヤングは、ホラー作家ロバート・ブロックの変名です。ショッキングなホラーを得意とするブロックの作風とはまた違って、かなりストレートな作品だったのですが、ブロックの器用さを証明した作品であるとも言えるでしょうか。

この記事に対するコメント

以前『トッド調書』を読んで、「アメリカってアメリカって・・・怖いわ。」と思いました。
kazuouさんのブログを読んで再読しようか、とここ2,3日箱を探し回ったのですがどこへ
しまったのやら・・・。
ある種の本に関しては読む時期を選んだ方がいいという場合もありますね。
『トッド調書』も現在の頃に読んだ方が面白いのでは、と思います。
【2006/12/12 00:27】 URL | shen #- [ 編集]

読み時
これも読んでるんですか。shenさんは、守備範囲が広いですね。
医療サスペンスとか社会派サスペンスって、いつもなら、あんまり手を出さないジャンルなんですが、ロバート・ブロックの別名作品だと知って、読んでみました。
実際の内容は、社会派というよりは、あくまで個人の人間を描く、という要素が強くてけっこう楽しめました。そのあたり、やはりブロックと言う作家の関心が強く出たんでしょうか。
そうですね、今読むとかなりリアルな印象を受けてしまうあたり、読み時の作品なのかもしれませんね。
【2006/12/12 07:15】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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