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特異な思考  シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』
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 シオドア・スタージョンの短篇集『一角獣・多角獣』(小笠原豊樹訳 早川書房)は、異様な発想と展開が際立つ、ユニークな作品集です。全体に怪奇幻想的な要素が濃いでしょうか。


「一角獣の泉」
 地主の美しい娘リタに招かれて、彼女の言うがままに歓待を受けていた青年デルは、リタの策略によって一時的に盲目にされてしまいます。その様子を見た娘バーバラはデルを介抱し、一角獣と泉について語りますが、バーバラをリタだと思い込み乱暴を働いてしまいます。
 リタに先日の一件について問い詰めるデルですが、話がかみ合わないなか、一角獣についての話を聞いたリタは、バーバラを案内役にして泉に向かいます。一角獣を捕まえようというのですが…。
 一角獣をめぐるファンタジーです。青年デルと一角獣をめぐって二人の娘が対比的に描かれます。共に美しさを持ちながら、性悪で自己顕示欲の強いリタと献身的で思いやり深いバーバラ。一角獣はどちらを選ぶのか? 予定調和的な展開ではありながら、美しい幻想小説になっていますね。

「熊人形」
 四歳の少年ジェレミーは、熊のぬいぐるみである「むく毛ちゃん(ファジー)」と会話をしていました。ジェレミーの夢の中では、彼は大人になっており、大学で講義をしているらしいのです。「むく毛ちゃん」はジェレミーにいろいろないたずらをそそのかし、夢の中ではそれが実際に行われていました。夢の中の講義では、とある事故で女生徒の一人が命を落としてしまいますが…。
 幼い少年が未来の自分の人生を夢に見るのですが、人形の姿をした怪物の手引きで、そこに人死を発生させてしまう…という異様極まりない怪奇小説です。
 物語が少年側の視点だけでなく、大学教授となった未来のジェレミーの視点からも描かれており、「夢」を通じて、二つの時代の出来事が同時進行的に描かれるあたりも異色ですね。
 少年側からは未来に対して超自然的な介入が可能なのですが、大人側からは何もできません。しかも怪物にそそのかされる少年ジェレミーには善悪の判断がほとんどできず、一方、大人のジェレミーには少年時代の記憶が朧気にしかない、というあたりも怖いです。 「怪物」こと「むく毛ちゃん」の正体が全く分からないところも不気味ですね。

「ビアンカの手」
 白痴の少女ビアンカの美しい手に惚れ込んだ青年ランは、彼女が母親と住む家に押し掛け、そこに部屋を借りて住むことになります。やがてビアンカに結婚を申し込んだランは、幸せな生活を送ることになりますが…。
 精神的にはほとんど人格が無いに等しい白痴の少女の「手」に恋をした男を描く、フェティッシュな幻想小説です。
 関わりを持つうちに、ビアンカの手のみが独自の意志を持っているらしい描写が示され、そこに独立した人格があるかのような妙なユーモアも感じられますね。
 しかし最終的に「手」が行う行為を見ると、「手」に人間的な要素があったのか、それは「怪物」だったのではないか…という、異様な恐怖小説となっています。

「孤独の円盤」
 海岸で入水自殺を図った若い女性を救った「わたし」は、彼女からその理由を聞くことになります。女性はある日空から飛来した小型の円盤に接触し、そこから何かのメッセージを受け取ったというのです。
 メッセージが何だったのか、その秘密を聞き出そうとする政府関係者やその他の人間の懇願にも関わらず、女性はその内容を明かそうとしませんでした。そのうちに、それを理由に女性は迫害されたり、一つところに留まれないようになっていたというのです…。
 一人の女性の孤独とその救済を描いた物語です。円盤がSF的なガジェットではなく、孤独の「象徴」として使われるとは前代未聞ではないでしょうか。
 孤独は宇宙スケールでの生物の共通の感情であり、それを伝えることもできる…という、「ファースト・コンタクトもの」であるともいえますね。
 女性と彼女を救った語り手との関係も明かされ、その経緯には感動があります。スタージョンの重要なテーマの一つである「愛」がストレートに現れた傑作の一つではないでしょうか。
 最後の一行「孤独にも終りがある。充分に長いこと、充分に孤独であった人には。」は非常に印象的です。

「めぐりあい」
 レオはグローリアを一目見た瞬間、恋に落ちます。あらゆる部分で二人は相性抜群であり、理想のカップルとも見えましたが、ある日突然レオの目の前に現れた首だけの中年の男は、彼にグローリアとの仲について警告を与えてきます。
 やがて別の男アーサーと知り合ったグローリアは、彼に惹かれていきますが…。
 趣味も感性もほぼ全てが一致する理想のカップル。しかしあまりにも「同じ」であることは欠点ともなってしまうのです。恋愛における心理を語る寓話的な作品かと思いきや、その異様な展開に驚かされてしまいます。
 原題は It Wasn't Syzygy、「シジジイじゃない」の意で、「シジジイ」とは単為生殖のこと。首だけの男性を始め、レオの身に起こる不可解な現象の理由が「シジジイ」に絡めて説明される部分には、奇妙な説得力がありますね。

「ふわふわちゃん」
 口先を駆使した後ろ暗い商売で暮らしている男ランサムは、未亡人ベネデット夫人の家を訪れます。彼女は飼い猫バブルズ(ふわふわちゃん)を溺愛していました。ランサムの部屋にやってきた「ふわふわちゃん」は突然喋り出します。
 「ふわふわちゃん」によれば、猫は人間を絶滅させるほどの知性を隠して、わざわざ人間に飼われてやっているというのですが…。
 知性ある猫「ふわふわちゃん」に打ち明け話をされる男の物語です。ランサムは猫に近い性質の人間であるといい、それがゆえに接触ができたというのですが、またそれゆえに互いに憎悪の念が生まれ、恐るべき結末をもたらします。一見コミカルでありながら、ちょっと怖いホラー作品になっています。

「反対側のセックス」
 公園で起きた猟奇的な殺人事件の調査をするため、死体置場に勤務するミューレンバーグ医師のもとを訪れた女性記者のバジー。しかしミューレンバーグはなかなか事件の詳細を語ろうとしません。
 バジーの熱意に負け、ようやく語り出しますが、犠牲者はシャム双生児のような存在だったというのです…。
 異様な状態で発見された、殺人事件の死体の謎をめぐって展開される作品です。犠牲者が普通の人間ではないことが分かり、俄然SF味が強くなっていきます。
 「めぐりあい」同様「シジジイ」がテーマになった作品なのですが、こちらでは、完全な生物とその生殖について語られています。
 「完全な生物」については、SF的(合理的)に説明がされるのですが、その「両性具有性」と神々しさには宗教的といえるほどのオーラがあって、SFというよりは幻想小説に近い作品ですね。

「死ね,名演奏家,死ね」
 才能あるミュージシャン、ラッチの率いるバンドのMCとして働く男フルーク。彼は自身の醜さから表舞台には立てず、ラッチに劣等感を感じていました。バンドのマドンナ、フォーンがラッチに夢中なのを知ったフルークは、ラッチを殺そうと考えます。
 一度は失敗し、逆にラッチにたしなめられてしまいますが、策略を用いて、とうとうラッチを殺すことに成功します。
 しかしラッチがいなくなった後のバンドから、ラッチのエッセンスが消えないことに業を煮やしたフルークは、バンドからラッチのエッセンスを抹殺しようと、の要素を担う人間を探そうとします…。
 嫉妬からカリスマ的なミュージシャンを殺した男が、その死後もバンドから消えない彼のエッセンスを探し出そうとする…という物語です。
 容貌が醜いフルークも、その語りの才能は突出しており、ラッチも彼の才能を認めるばかりか、普段から彼のことを思いやっています。才能があるばかりか人格的にも立派なラッチへの感謝の念はありつつも、その輝かしさを許せないのです。
 弁護できないほど身勝手な殺人ではあるのですが、読んでいて、フルークの行動や心理に同情してしまう…というのはスタージョンの筆力ゆえでしょうか。

「監房ともだち」
 監房で「おれ」の同房者となったクローリー。彼は、まるでこぶがついているような、異様に大きい胸を持つ男でした。クローリーに嫌悪感を感じつつも、なぜか彼の言うことに逆らえないことを「おれ」は不思議に思っていました。
 ある日「おれ」は、寝ていたクローリーの胸がかすかに開いているのを目撃しますが…。
 巨大な胸をもつ男と同房者になった男の奇怪な体験を描く怪奇小説です。巨大な胸が「ひらい」たり、密かに何者かと会話をかわしたり、人に命令を聞かせる不思議な力があったりと、クローリーという男の不気味さが際立っていますね。
 猟奇的でフリークス趣味も盛り込まれた怪作です。

「考え方」
 船乗り仲間だったケリーは、人とは違った奇妙な考え方をする男でした。友人のミルトン医師に連れられて、奇怪な病に罹っているという青年ハルの家を訪れた「わたし」はそこでケリーに再会します。患者はケリーの弟だというのです。
 医師からハルの病について聞かされた「わたし」は驚きます。ひどい症状でありながら、明確な原因が見つからないというのです。医師は否定しながらも、ハルがつきあっていた女が、ハルからもらったハイチのヴーズー人形を使って何らかの行為を行っている可能性を話すのですが…。
 ヴーズー人形の呪いによって青年が殺されてしまう…というホラー・ストーリーなのですが、そこに独特の思考法を持つ男ケリーの存在が絡められて、異様な印象の作品となっています。
 ケリーがいかに独特の考え方をするかを示す描写がいくつか示されるのですが、女から扇風機を投げつけられたケリーが、逆に女を掴んで扇風機に投げつける…という部分は特に印象に残りますね。スタージョンという作家の独自の思考様式を示すのにも使えそうなエピソードとなっています。
 ケリーの独自の思考法による行動から生み出された結末は、異様でありながら、これしかないだろうという説得力がありますね。恐怖小説の傑作だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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