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いびつな愛  シオドア・スタージョン『輝く断片』
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 シオドア・スタージョン『輝く断片』(大森望編 河出文庫)は、サイコ・スリラーや異常心理小説的な要素の強い作品が集められた作品集です。

「取り替え子」(大森望訳)
 ショーティとその恋人マイクは、ショーティの伯母アマンダが残した遺産三万ドルを欲しがっていましたが、相続の条件は、アマンダの妹ジョンクィル伯母の目の前で三十日間、赤ん坊の面倒を見なければならない、というものでした。どうしたものかと悩んでいる二人の前に、男の赤ん坊が川から流れてきます。
 赤ん坊は大人のような口をきき、二人は驚かされます。可愛らしい赤ん坊と見えたその子は、なんと人間の子どものふりをした妖精「取り替え子」だというのです。
 その赤ん坊ブッチを、近所から預かった子どもだというこにして、ジョンクィルの家を訪れたショーティたちでしたが…。
 相続の条件として赤ん坊の「子育て」が課され、それに妖精の取り替え子が絡むことになるという、楽しいファンタジー作品です。
 相当の年数を生きているらしい取り替え子ブッチ、金目当てのショーティとマイクなど、いずれもしたたかで利己的な人物たちなのですが、意想外に「良い」展開を迎えることになります。思いがけぬ「愛情」によって登場人物皆が幸福になる…という後味のよい作品になっていますね。

「ミドリザルとの情事」(大森望訳)
 政府の要職に就いている屈強な男フリッツは、元看護士の妻アルマと共に出かけている最中に、ちんぴらの一団に襲われて怪我をした若い男を見つけ、家に連れ帰ります。
 その男ルーリオをアルマと共に残してフリッツは出かけてしまいますが、二人の間には不思議な愛情が芽生え始めていました…。
 屈強で傲慢な男とその妻、そして繊細な青年との間に奇妙な三角関係が生まれてしまう…という物語なのですが、そこにSF的な要素が絡められて、異様な読み味になっています。
 「ミドリザル」とは、周囲の人間とは違った要素を持つ人間とのことで、いわゆる「マイノリティ」といっていいでしょうか。フリッツはルーリオに対して、「マイノリティ」からの抜け出し方を一方的に説教することになるのですが、それが裏目に出てしまうことになります。
 ルーリオが文字通りの「ミドリザル」であり、彼との付き合いをきっかけに妻アルマとの間に越えられない溝を作ってしまうことにもなる、という夫婦の破綻の物語でもありますね。
 結末付近での「下ネタ」オチが目立ちますが、それ以外の部分でもいろいろと読み込める不思議な作品です。

「旅する巌」(大森望訳)
 天才的なデビュー作「旅する巌」を発表したシグ・ワイス。彼の二作目を欲しがるエージェントのクリスはシグの家を訪れますが、実際の作者は作品からは考えられないような、暴力的で身勝手な男でした。しかもシグが送ってきた二作目の小説は、一作目からは考えられないような駄作だったのです。
 シグが作品を発表する前後に何か異常な出来事があったのではないかと考えるクリスは、懸賞金付きで人格の変化を調べているという若い女性ティリーと接触を取ることになります。彼女は仮定の話だと前置きして、信じられないような話を始めますが…。
 天才的な新人作家が実はとんでもない人間で、彼のような人間がなぜあんな素晴らしい作品が書けたのか? という謎を追っていくという話です。SF的な要素が途中から現れてくるのですが、それが宇宙を股にかける壮大なテーマで唖然としてしまいます。
 題材的にはいわゆるB級SFといっていいのですが、人間関係をめぐる部分がスタージョンらしく深みがあって読み応えがあるのです。
 主人公のエージェント、クリスとその秘書ネイオーミ、クリスの協力者となる女性ティリーの間に三角関係が生まれたと思ったら、シグもはさんで四角関係に…。
 最後の部分はやたらと駆け足になってしまい(急な解決ではありますね)、もったいないところではあるのですが、人間の「恐怖心」が人格を歪めたり才能を抑圧しているのではないか、という独自の論理は興味深いところです。

「君微笑めば」(大森望訳)
 相手のどんな話でも微笑みながら肯定してくれる男ヘンリー。二〇年ぶりにヘンリーに会った「おれ」は、酒場や自宅にと、ヘンリーを連れ回し、一方的な話を続けます。「おれ」がヘンリーに明かしたのは、周囲の者を「しあわせ」にするために殺人を繰り返しているらしい謎の人物についてでした…。
 再会した旧友を無理に連れ回し、一方的に話を続ける語り手が描かれ、この人物がいささかサイコパス気味な異常性格者だと思いながら読み進んでいくのですが、この語り手「おれ」のとりとめのない話から、さらに異常な殺人者の存在が明かされる…という物語。
 酒場で泣いている女性の悲劇に「おれ」が関わっていることが示唆され、読者としては、悪党の「おれ」がひどい目に会うことを期待してしまいますが、その「罰」が思いもかけないところから現れて驚かされます。
 「おれ」が語る、専門家にならず中途半端な無知にとどまるべきだ…という独自の論理、善悪を超えた倫理観、恐るべき殺人者の正体など、全体に異様な迫力を持ったサイコ・スリラー作品です。

「ニュースの時間です」(大森望訳)
 石鹸関係の仕事をしているマクライルは、真面目な家庭人でしたが、数年前から異様な行動を見せるようになっていました。ニュースに執着し、新聞やテレビ、ラジオのニュースを欠かさず見るうち、それらに触れている最中は話しかけても反応が全くないようになってしまっていたのです。その様子に起こった妻のエスターは、新聞の配達を断り、テレビやラジオを使えないようにしてしまいます。
 ニュースに触れられなくなったマクライルは、弁護士のところで家族のためのお金の手続きをした後、一人で失踪してしまいます…。
 ニュースに執着する男がそれを取り上げられた結果、精神のバランスを崩してしまう…というサイコ・スリラー的作品なのですが、その異様さがただ事ではありません。マクライルが言語を忘れ、他人とコミュニケーションできなくなってしまうというその症状も相当なのですが、彼がそうなるに至った理由が後半明かされ、その異様な論理に驚愕してしまいます。
 マクライルの病を治そうとする精神科医の行動が恐ろしい事態を招いてしまうという展開も恐怖感が高いですね。特に最後の一行の衝撃は強烈です。
 この作品、ネタに困ったスタージョンが、ロバート・A・ハインラインからもらったプロットを元に書いたらしいです。アイディアだけでなく、最後のオチまでハインラインのプロットのものなのだそうですが、仕上がった作品はスタージョンらしさの横溢した作品と感じられるのも面白いところですね。

「マエストロを殺せ」(柳下毅一郎訳)
 天才的な才能を持つジャズ・バンドのリーダー、ラッチ・クロウフォード。バンドのメンバーの一人フルークは、醜い容姿のため告白もできずにいた娘フォーンがラッチに夢中なのを苦々しく思い、ラッチを殺そうと決心します。たまたま手に入れた銃でラッチを殺そうとしたものの、失敗に終わっただけでなく、彼に憐れみすらかけられてしまいます。 手の込んだ手段を使い、ようやくラッチを殺すことに成功しますが、バンドが奏でる音楽にはラッチのスタイルが残っていることに気付きます。ラッチの本質がバンドのどこにあるのか、フルークは必死に探し出そうとしますが…。
 醜い容姿からの劣等感だけでなく、その才能や他人に対する気遣いまで、全てにおいて自分より上だと認定せざるを得ない男を殺そうとしたミュージシャンを描く物語です。
 バンドのリーダーであるラッチは、普段からメンバーとバンドのことを気にかけていました。容姿の面で問題をかかえるフルークには特に気遣いをしていましたが、逆にフルークはそれを苦々しく思っていたのです。
 バンドの一員でもある美しい娘フォーンとラッチの仲が噂になるのに嫉妬し、ラッチを殺そうとしたフルークは、逆にラッチにたしなめられます。
 バンドを優先するラッチは、自らも恋心を持っているにもかかわらず、フォーンに色恋沙汰はなしにしてほしい、と告げるのです。その徹底した他人への思いやりに一度はほだされるフルークでしたが、結局は彼への憎しみに囚われてしまいます。
 バンドを離れたところで、ラッチが生きている限り、自らの憎しみは消えないと、ついにラッチを殺すフルークでしたが、残ったバンドにはラッチのスタイルが生きていました。それを潰して、完全にラッチの痕跡を消滅させたいと考えるフルークには狂気の色が濃くなっていきます。その偏執教的な心理が語られていく過程が読みどころでしょうか。
 フルークのラッチに対する思いには、憎しみと同時に、憧れのようなものも混じっているようです。バンドにおけるラッチの本質を探るため、嫌悪感を抱いていたバンドに再び戻りそれに協力することになる…というのも皮肉な流れですね。
 憎しみを抱いていた男を肉体的に殺しても、その「魂」は殺すことができない…。カリスマ的なアーティストへの憎悪と執着を描いた、一種の「芸術家小説」とも読める作品です。

「ルウェリンの犯罪」(柳下毅一郎訳)
 生真面目で規則的な生活を送る男ルウェリン。周囲から全く何の面白みもないと思われている彼にはある秘密がありました。籍を入れていない女性アイヴィと19年間も同棲しており、その「罪」を犯しているという意識がルウェリンの心を支えていたのです。
 ある日アイヴィは、黒い箱の中から結婚証明書を取り出してきます。二人は始めから結婚していたというのです。ショックを受けたルウェリンは、何か代わりの「罪」を犯さなければならないと思い込みます。債権を金に換えようとしますが、訪れた銀行で不審な行動をとがめられてしまいます…。
 真面目で何一つ悪いことをしたことがない男が、自らの心の支えとして、自分だけの「罪」を抱えていたところ、それを崩すような事態が次々と起こり、心が壊れてしまう…という物語です。
 主人公ルウェリンはあまりに生真面目で世間知らず、悪いことをしようとしてもそのやり方さえ分かりません。そもそも一人では日常的な生活もままならないのです。同棲相手のアイヴィはそうした現実的な生活を支えてくれるパートナーでしたが、彼女が二人が結婚していた事実を告げることで、自分の「罪」が思い込みだったことが分かり、アイヴィを憎み始めることになります。
 それならばと、別の「罪」を犯そうとするものの、そのやり方さえ分からず、右往左往するルウェリンの姿には憐れみを催すものがありますね。一方アイヴィは、自ら明かしてしまった事実がルウェリンを傷つけたことに気付き、それを埋め合わせようと奔走するのですが、その「思いやり」がことごとくルウェリンの「誇り」を打ち砕いてしまう…というあたりの展開も非常に皮肉です。
 ルウェリンの新たなパートナーとなる、銀行員のミス・フィッシャーも温厚で親切な女性、アイヴィとルウェリンも含め皆が善人でありながら、ルウェリンの精神的には「地獄」のような状態が生まれてしまうという、ある種、救いのない作品となっています。

「輝く断片」(伊藤典夫訳)
 53才になる清掃員の男は、体は頑丈なものの、頭は少し足りないと思われていました。ある日、怪我で瀕死の女性が車から投げ捨てられるのを目撃した男は、その女性を連れ帰り、自室で看病を続けます。手厚い看護のかいもあり、だんだんと回復してきた女性でしたが…。
 どこか知的な障害もあるらしい男が、怪我人の女性を一人だけで看護しようとし、その秘密の生活に満足感を覚えるようになる…という異常心理小説です。
 警察や病院には連絡せず(連絡するという発想自体がないのかもしれません)、うろ覚えや出鱈目な治療手段で女性を看護しようとします。たまたまそれが上手くいき、女性の看護に生きがいを覚え始める男でしたが、彼女が回復したとき、その思いは裏切られることになるのです。
 男が女性に寄せるのは歪んだ(一方的な)愛情であり、それが明確に描かれるラストの情景には恐怖感も感じられる一方、男の凝り固まった考え方には憐れみを催すところもありますね。
 男の精神状態は普通ではなく、その行動も倫理的にはおかしいことに間違いはありません。言ってしまえば、異常者による監禁を描いた物語といえるのですが、読んでいてどこか男に同情を寄せてしまうような部分もあるのは、スタージョンの筆力ゆえでしょうか。
 この作品集、SFや超自然的な要素は少なく、ジャンル的には〈異常心理小説〉とか〈サイコ・スリラー〉的なお話が多く集められた感じです。ただ、登場人物の心理が描かれる部分の「異様さ」は強烈で、ほとんど幻想小説やホラーに接近していますね。
 またスタージョン独特の奇妙な「論理」や「思想」が頻出するのも特徴で、こちらも一風変わった印象をもたらしています。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
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twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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