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支配する物語  潮谷験『エンドロール』
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 潮谷験の長篇『エンドロール』(講談社)は、人気作家だった亡き姉の名誉をめぐって、自殺主義者たちの活動を止めようとする少年作家の活躍が描かれる作品です。

 新型コロナウイルスの影響で、若者たちの間では閉塞感が蔓延し、自殺も急増していました。その背景には、自らも集団自殺を通して死を選んだ哲学者、陰橋冬の著書「物語論と生命自律」の影響もあるようなのです。彼は自殺する前に自らの自伝を国会図書館に納本していました。
 陰橋と共に自殺した者のみならず、彼の死後にも国会図書館に自伝を納本する者は絶えず、調べたところ、彼らは皆自殺していたというのです。
 人気絶頂の最中に病で早逝した作家、雨宮桜倉を姉に持つ雨宮葉は、自らも新人作家として活動を開始したばかりでした。桜倉が生前、陰橋と交流があり、彼が関わっていたブックカフェが桜倉の最後の著書でモデルとして取り上げられていたこと、桜倉の死後にブックカフェが破綻しスタッフが自殺してしまったこと、それらの事実から、桜倉の本に暗い兆しを読み取ってしまった読者が自殺に走ってしまうのではないか? それを葉は恐れていました。
折しも、人気動画投稿者の遠成響から誘われた葉は、陰橋の思想に共鳴する若者たちと三対三で討論するネットテレビ番組に招待されます。自殺否定派の面々は葉、響、そしてサッカー選手である箱川嵐でした。
番組が始まる前に突然現れた、自殺肯定派の一人、長谷部組人の巧みな議論に出鼻をくじかれる葉たちでしたが…。

自らも自殺した哲学者が残した著書とその思想の影響により、若者たちの間に自殺が広まりつつある世界を舞台に、亡き姉の名誉を守ろうとする少年作家が、その思想を否定するため奔走する…というお話です。
 全編を通して、自殺は肯定されるべきなのか、否定すべきだとしてそこにどんな根拠があるのか、といった議論が交わされていきます。
 自殺肯定派の若者たちは、夢や希望に敗れた人間たちであり、彼らの「死んで何が悪いのか」とする意見に対して、主人公葉たちは、なかなか説得力のある言葉をかけることができません。
 そんななか、思わぬ方向からの意見を持ち出すのが箱川嵐。言葉を生業とする響や葉ではなく、サッカー選手である嵐が持ち出すのは思考実験のような突飛な考え方で、こちらには驚いてしまいますね。

 陰橋冬が主張していた思想は「物語従属論」というもので、人間の人生は「物語」によって影響を受けてしまう、というもの。一方、天才作家であった姉を信奉する葉もまた、姉の「物語」に明らかに影響を受けてはいるのです。
 自殺肯定派も否定派もどちらもその「物語」の影響を受けているわけで、その桎梏からどのように逃れるのか? というのが大きなテーマとなっているようですね。
 徹底して生へのエネルギーに溢れていた姉桜倉が、死を迎える寸前には、やはり暗い情念に囚われていたのではないか? という疑念に襲われる葉が、姉の最後の真意をめぐって考えていく、というのもこの作品の大きな柱になっています。

 中盤では、ある人物の死をめぐる事件が起きるのですが、自殺を肯定する者たちが関わっているだけに、その死が自殺なのか他殺なのか、そのどちらかによって、その死が意味する思想的な文脈が変わってくる…という展開も面白いところですね。
 自殺をめぐるお話ではありますが、自殺肯定派の面々も真摯ではあり、彼らの行く末にも希望が持てる結果が現れるなど、決して暗いだけのお話にはなっていません。
 主人公葉の決断が描かれるラストには、軽やかさも感じられるなど、とても魅力的な作品になっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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