愛はすべてを救う  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』
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たったひとつの冴えたやりかた
ジェイムズ,ジュニア ティプトリー 浅倉 久志
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 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの作品には、モラルやタブーを扱った硬派なイメージが強いのですが、またロマンティックでリリカルな一面をも持っています。そんな一面がよく出た作品集が、『たったひとつの冴えたやりかた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)でしょう。
 舞台は未来、人類とエイリアンとが知り合った時代。異星種族である「コメノ」のカップルが、これまた長い寿命をもつ種族である司書のモア・ブルーから、古い時代の人類の記録書を紹介される、という枠で語られる連作短編集です。

 『たったひとつの冴えたやりかた』 資産家の娘コーティー・キャスは、宇宙に憧れていました。親から買ってもらったスペース・クーペでの旅行中に、彼女は行方不明だった宇宙船に出会います。乗務員は死亡していましたが、その原因は寄生タイプのエイリアンに脳を食い尽くされたためでした。そしてコーティーの脳内にも若いそのエイリアンが寄生してしまいます。シロベーンと名乗るそのエイリアンに、まだ若いコーティーは共感を覚え、故郷の星に返してやろうと考えます。しかし「師匠」から技術を学んでいないシロベーンは、理性を失いコーティーの脳を破壊しかけてしまうのです。制御できないエイリアンの胞子を人類に近づけないために、コーティーがとった「たったひとつの冴えたやりかた」とは…。
 無邪気で純粋な少女コーティーの冒険物語と思いきや、少女にはあまりに重い責任が降りかかります。ためらうことなく決断する少女の凛々しさと哀しさ、そして純粋な愛の発露。スタージョンの作品にも通底する、ロマンティシズムとリリシズムをたたえた傑作です。

 『グッドナイト・スイートハーツ』 サルベージ船の持ち主レイヴンは、ある日、修理を請け負った宇宙船で、かっての恋人である女優イリエラと再会します。冷凍睡眠でまだ若さを保っているレイヴンに比べ、彼女は度重なる美容整形手術で美貌を保っていました。折り悪く、そこを襲撃する海賊船。レイヴンはうまく海賊たちを捕らえますが、その海賊船に囚われていた若い娘は、なんとイリエラのクローンであるレーンだったのです! レイヴンはイリエラとレーンの間で戸惑うのですが…。
 かっての恋人との再会、海賊との戦い、二人の女の間で揺れ動く男。これでもかとロマンチックな要素を詰め込んだスペース・オペラです。しかし結末はティプトリーならではの苦いものになっているところが、また味わい深いところでしょう。

 『衝突』 初期の宇宙探査船から連絡を受けた本部は驚かされます。異星人ジーロとファーストコンタクトを果たしたというのです。しかし、彼らは何故か人類を憎んでいる様子。それは人類のはぐれものたちが作り上げた〈暗黒界〉の連中がジーロの隣人であるコメノたちを虐殺しているからでした。探査船のクルーたちは、ジーロに敵意はないことを必死で訴えますが、彼らの疑惑は容易にはとけません…。
 ティプトリーお得意のエイリアンとのコミュニケーションを扱った作品です。平和の意志の疎通という、ティプトリーにしてはかなりオーソドックスなタイプのテーマを扱っていますが、ジーロの奇妙な生態や生け贄の習慣など、その異質性の描写はさすがに際だっています。

 どの作品も、舞台や道具立てはSF色が強いものの、その根本は、基本的に人間ドラマになっているので、ハードSFが苦手な方でも楽しめるでしょう。『たったひとつの冴えたやりかた』『グッドナイト・スイートハーツ』には、ティプトリーには珍しく、少女趣味が顕著なのですが、単なる少女趣味には終わらない、深いテーマと感動をもたらしてくれます。SFファンならずとも読んでほしい作品集です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ジェイムズ Jr ティプトリー、地に足がついたSFを書く人だなぁ、と常々感じていたのですが、
その世界観の根底は幼少期、アフリカで過ごしたことに由来するようです。
未知谷から『ジャングルの国のアリス』(メアリー・H・ブラッドリー)という本が出ているのですが
その主人公の”アリス”がティプトリー。この本を読むと、コーティーとアリスがだぶります。
アフリカでの経験・体験が彼女のSFにつながっているのですね。

【2006/12/04 14:28】 URL | shen #- [ 編集]

興味深い人ですよね
あまり詳しく知っているわけではありませんが、ティプトリー・ジュニアは、実生活もものすごい波乱に満ちた人だったみたいですね。
作品自体に、とてもリアリティがあって、単なる「おはなし」に終わらないところが、すごいと思います。
『ジャングルの国のアリス』は、ティプトリー・ジュニアの母親が書いたと言う、例の本でしょうか? 邦訳が出ていたとは知りませんでした。これはぜひ読んでみたいですね。
【2006/12/04 18:32】 URL | kazuou #- [ 編集]


画家だったり、CIAに協力したり、大学で教えたり・・・と一つの人生でこんなにもというくらい
てんこ盛りの体験をされた方だったみたいですね。すごくパワフルな方だったし、性別にとらわれない
人生や感性をもった方だったのだろうな、と思います。

『ジャングルの国のアリス』・・そうです、お母様のメアリー・H・ブラッドリーが書いた本です。
2002年に未知谷から翻訳出版されていて、まだ現役なのでamazon、書店で購入可能です。
ひょっとしたら児童文学に分類されているかもしれないので書店で探される場合は両方の棚を
見ることをおすすめします。
【2006/12/05 14:05】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

そうですね
たしかに実人生そのものが作品に劣らず、これほど興味深い作家も少ないですね。伝記なんかがあったら、読んでみたいものです。
『ジャングルの国のアリス』は、児童書扱いなんですか。出版社は未知谷! この出版社、めちゃくちゃマイナーなものばかり出してますね。
【2006/12/05 21:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


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