内宇宙拡大中!  J・G・バラード『ウォー・フィーバー』
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ウォー・フィーバー―戦争熱
J.G. バラード James Graham Ballard 飯田 隆昭
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 「内宇宙への旅」をテーマとしたJ・G・バラードの作品は、ときおり難解になることもあり、読者を選ぶところがあります。しかし、本書『ウォー・フィーバー』(飯田隆昭訳 福武書店 )に収録された作品は、比較的なじみやすく、一般読者にも楽しめる作品が多いようです。

 『ウォー・フィーバー』 ベイルートに住む少年兵が、永遠の平和を夢見て、国連のブルーの帽子をかぶりはじめます。それを機に、戦争行為は止まりますが、やがてまた戦争が再開されてしまいます。それは、戦争を続けるウィルスのせいだったのです…。限りなく普通小説に近い作品です。

 『夢の船荷』 化学廃棄物を積んだ船に乗り込んでいた船員ジョンソン。船長たちは、船を廃棄し、救命ボートに乗り込みますが、ジョンソンはただ一人それを拒否して、自らが船長となります。やがてとある島に流れ着いた彼は、そこで女学者クリスティーン博士に出会います。船から出た化学物質が島の生態系に影響を及ぼし、新しい生物が生まれつつあるのに興奮するクリスティーン。やがて外部の人間に発見された島は焼却処分を受けることになるのですが…。
 廃棄物によって汚染されたジョンソンが、麻薬さながらトリップを起こす幻覚小説。化学物質によって変容する島の描写には、妙な迫力があります。

 『エイズ時代の愛』 エイズが蔓延した近未来、低下する出生率を上げるため、国家による性行為の強制管理が行われます。愛のない相手と義務的な性行為を行わなければならないのです。主人公の青年は、いつもどおり指定された女性をたずねますが、その相手ルシールとの間に深い愛情を芽生えさせてしまいます。しかし、それを当局に関知された二人は、仲を引き裂かれてしまうのですが…。
 極度に管理された未来社会を描く、いわゆるディストピア小説です。定番の「引き裂かれる恋人たち」を扱っているせいもあり、本書で最もわかりやすく、読みやすい作品でしょう。

 『尋問事項に答える』 不可思議な能力とカリスマ性を持つ男。彼を殺した罪に問われている別の男の、尋問の答えのみで構成されるという実験的な作品。質問が全く示されないため、答えが何を示しているのかわからない部分があるのですが、妙なリアリティが感じられます。「いいえ」とか「ほとんど毎日」とか思わせぶりな回答のみが示されるのが特徴的。

 『未確認宇宙ステーションに関する報告』 事故を起こした宇宙船が、運良く無人らしい宇宙ステーションに不時着します。しかし、内部探索に出た人間はいつまで経っても戻らないのです。残りの船員たちはステーション内部を探し始めますが、最初はごく小さなものだと思っていた内部が無限にも思える広さであることに気がつきます。このステーションは太陽系や銀河系をも包含する無限の世界だったのです…。
 最初は、推定1マイルの大きさだったステーション。それが、だんだんと数が大きくなり、最後には1500万光年にまだ至るという壮大なスケールの作品。ここでは宇宙ステーションが宇宙そのものになっているのです。ボルヘスがSFを書いたら…といった趣の寓話作品。

 『月の上を歩いた男』 生活に倦み疲れたジャーナリストは、ある日カフェで、老夫婦に話しかけられる男に、ふと気がつきます。彼は、宇宙飛行士を自称していたスクラントンという男でした。しかし、彼の経歴は真っ赤な贋物。詐欺師として世間に知られていたにもかかわらず、鉄面皮にも同じ行為を繰り返していました。人々もそれを知りつつ彼に近づいていたのです。ジャーナリストは、記事のタネとして、冷やかし気味にスクラントンにインタビューしますが、やがて共感を感じ始めた彼は、スクラントンと行動をともにするようになります…。
 事実はどうあれ、自分のなかで宇宙飛行士になりきっているスクラントン。そんな彼に羨望の念を覚え始める主人公の心理が面白いです。「でもやはり、彼は宇宙に行ったのだ。」というセリフには、非常に説得力があります。

 『巨大な空間』 妻に去られた男バランタインは、ある日、出勤する寸前にふと妙な考えに囚われます。これから二度と家から出ないと決心したのです。車のエンジンをかけっぱなしにしたまま彼は家に閉じこもります。妻が残していった、いくらかの食料を元に、彼は家での生活を始めます。不審に思った秘書や近所の住人が訪ねてきても、彼は何でもないと陽気に振る舞い続けます。やがて食料が尽きると、彼は、ドアから近所のペットを誘い込み、食料にし始めます。ペットたちもほとんどいなくなり、飢えかけた頃、テレビ工事に派遣された若者が現れるのですが…。
 突然わけのわからない衝動にかられ、家にとじこもる男。食料が乏しくなってゆくにもかかわらず、男は妙な高揚感を抱き続けます。意識や空間の拡大、といったいわゆる「インナースペース」のテーマを扱っていながらも、妙に即物的な展開がユニークです。ナサニエル・ホーソーン『ウエイクフィールド』を彷彿とさせる奇妙な味の作品。

この記事に対するコメント

 いやあ,この作品集もよろしいですなあ。
 個人的には,「月の上を歩いた男」が大好きであります。退嬰的で自閉的で,うっとうしいユーモアが最高ですねえ。
 「夢の船荷」も,妙にエキゾチックで,ちょっと筒井康隆の「メタモルフォセス群島」を思い起こしました。
 でも,最高はやっぱり,「第三次世界大戦秘史」ではありませんかねえ。
 kazuouさんは,もう一つ,お気に召しませんでしたか?
【2006/11/22 00:31】 URL | おおぎょるたこ #- [ 編集]

わりとよかったです
バラードは、かなり苦手なので、どの本も読みかけです。最後まで読み切ったのって、この『ウォー・フィーバー』だけだったりします。『ヴァーミリオン・サンズ』も最初の二話ぐらいしか読んでないし。この短篇集は、比較的物語要素が濃い?のかな。わりあい楽しく読むことができました。
『月の上を歩いた男』もいいですね。『夢の船荷』はたしかに筒井康隆っぽいかも。
『第三次世界大戦秘史』も悪くはないんですが、ちょっとピンとこなかったかもしれません。
個人的に一番面白かったのは、『未確認宇宙ステーションに関する報告』『巨大な空間』あたりの、不条理系の寓話でしょうか。
【2006/11/22 07:02】 URL | kazuou #- [ 編集]


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ウォー・フィーバー―戦争熱

ウォー・フィーバー―戦争熱 忍者大好きいななさむ書房【2009/05/27 01:36】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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