ファンタスティック・クライム  アントニー・バウチャー『タイムマシンの殺人』
4846007626タイムマシンの殺人
アントニー バウチャー Anthony Boucher 白須 清美
論創社 2006-10

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 ミステリ・SFの評論家として有名なアントニー・バウチャー。さて、彼の実作はと見ると、これがなかなか手堅いエンタテインメント。短篇集『タイムマシンの殺人』(白須清美訳 論創社)に収録された短篇は、どれも非常に愉しい作品になっています。
 バウチャーの作品は、〈吸血鬼〉〈人狼〉〈タイムマシン〉〈悪魔との契約〉と、テーマ的には、使い古されたものが大部分なのですが、それぞれ独自の工夫がされているので、楽しく読めます。予定調和を大幅にはみ出すことはないにせよ、ツボを押さえた設定と展開で、全く読者を飽きさせないところは、まさに職人作家。娯楽小説とはかくあるべし、とでもいうような、理屈抜きで楽しめる短篇集です。

 『噛む』 わけあって、カリフォルニアの砂漠の町にやってきた男タラント。彼はバーで奇妙な話を耳にします。彼が住むことになった家は、地元の人々から恐れられているというのです。そこには、目にも止まらぬ早さで動き回る食人鬼「カーカー」が住みついているのだと。タラントは一笑に付すのですが…。
 肉眼ではとらえられないほどの早さで動き回るという、怪物の造形がユニークな怪奇小説です。

 『タイムマシンの殺人』 タイムマシンを開発したパートリッジは、それを使い、裕福ないとこを殺す計画を立てます。彼が死ねば莫大な遺産が手にはいるのです。しかし、問題がひとつありました。このタイムマシンは、過去にしか行けず、しかもその範囲は42分以内に限られるのです! パートリッジはタイムマシンを利用して完全無欠のアリバイを作ることを考えますが…。
 「水と油」ともいうべき「タイムマシン」と「殺人事件」を融合させたユニークなSFミステリ。タイムマシンがあるなら、殺人なんかしなくてもいいじゃないか、とか思わせられるのですが、事実作中でも主人公はそのことに途中で気づくなど、かなり笑える要素も濃い、コメディタッチの作品。

 『悪魔の陥穽』 弁護士ギルバート・アイルズは、バーで「大オジマンディアス」と名乗る奇妙な男と出会います。本物の魔術師だというオジマンディアスは、何か願い事をかなえると言い出しますが、アイルズは、酔った勢いで「呪われてしまえ」という言葉を吐いてしまいます。その呪いとは、一日最低一つ罪を犯さなければならないというものでした…。
 〈悪魔との契約〉テーマの作品です。この手のテーマの通例で、悪魔とのだましあいが始まりますが「罪」の定義をめぐってかわされる知恵比べが楽しいところ。

 『もうひとつの就任式』 政治歴史学教授のランロイド博士は、選挙の結果を恐れていました。もしアメリカ党が勝利すれば、民主主義の終わりだ! アメリカ党の圧勝に絶望した彼は、友人クリーヴのもとを訪れます。彼の研究を使えば、念動力を利用したタイムトラベルにより、歴史を改変させることができるというのですが…。
 改変した世界もまた完璧ではなかった、という皮肉な作品です。

 『書評家を殺せ』 著書をけなされたことが原因で、業界から抹殺された作家。彼は、悪魔との契約によって、書評家を殺そうと目論みます。それは自分の著書に触れたものを殺すという呪いでした…。 
 これも〈悪魔との契約〉テーマの作品ですが、雰囲気はかなりシリアス。悪魔払いの神父が登場するなどオカルティックな要素が散りばめられています。

 『人間消失』 有名なレコードコレクターであるスタンボーが失踪します。遊び人だった彼を殺す動機を持つ人間は数知れません。しかし部屋の床には、まるで溶けていなくなったかのように、洋服が落ちているのです。ヴァーナー医師を相談に訪れた「おれ」は、奇妙な話を聞かされます。それは一昔前に、一世を風靡した歌手カリーナの話でした。カリーナと情事を重ねたものは、みな不審な死を遂げていました。カリーナの突然死によって、その連鎖は断たれますが、その死後も彼女のレコードを聞いたものは、失踪しているというのです…。
 呪われたレコードをめぐる怪奇小説。ラヴクラフト『エーリッヒ・ツァンの音楽』を思わせる、異次元の描写が秀逸です。

 『スナルバグ』 人道的な目的から研究所の設立を目指すビルは、悪魔を呼び出して、その資金を得ようとします。しかし現れたのは、一インチにも満たない小さな悪魔でした。その悪魔「スナルバグ」の力を使って、ビルは一日後の新聞を持ってこさせることに成功します。市長暗殺の記事を見つけた彼は、事件を未然に防ぎ、市長から資金援助を得ようと考えるのですが…。
 これもまた〈悪魔との契約〉テーマですが、未来を変えられるか、というタイム・パラドックスをからめています。

 『たぐいなき人狼』 大学教授ウォルフ・ウルフは、元教え子の映画女優グロリアに袖にされ、やけ酒をあおっていました。バーで出会ったオジマンディアスという男から、人狼への変身の仕方を教わった彼は、グロリアの映画に登場する犬役のオーディションに参加して、彼女に近づこうとするのですが…。
 「本物の魔術師」オジマンディアスが再登場する作品。人狼から元にもどるには、他人に合言葉を言ってもらわなければならない、という設定がユニーク。恋のさや当てに、人狼、魔術などをからめた楽しいファンタジー作品。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
読みました
おすすめ頂いた「タイムマシンの殺人」やっと読めました。
「人間消失」と「たぐいなき人狼」が面白かったです。

アントニー・バウチャーは前に挫折しているので今回は良かったです♪
(相変わらす難しいのもありますね)

TBもさせていただきますm(__)m
【2007/03/20 22:52】 URL | ユキノ #- [ 編集]

>ユキノさん
バウチャーの作品は、派手さはないにせよ、どれも丁寧な工夫がされていて楽しめますね。
『人間消失』は、この作品集のなかでは、いちばん出来がいい作品かもしれません。『噛む』もそうでしたが、怪奇味の濃い作品のほうが、出来がよかったような気がしますね。
「たぐいなき人狼」をはじめ、〈オジマンディアス〉ものは、楽しいんですけど、続けて読むと、ちょっと飽きてくるかも。
【2007/03/20 23:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


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タイムマシンの殺人

タイムマシンの殺人アントニー・バウチャー[:読書:]ダーク・ファンタジー・コレクションの名にふさわしい12編のSF、ミステリなどをテ-マにした奇妙な中短編集。アントニー・バウチャーはアメリカ出身、ミステリ評論家・編集者として活躍されたそうです。作品数は少ないで 時間旅行~タイムトラベル【2007/03/20 22:53】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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