厚かましいにもほどがある  ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』
430980101310ドルだって大金だ
ジャック・リッチー 藤村 裕美 白須 清美
河出書房新社 2006-10-13

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 何喰わぬ顔で、冷静に犯罪や殺人を犯す。そのくせ、どこか抜けている。こんなキャラクターが、ジャック・リッチーの作品には、よく登場します。とくに、これらのキャラクターの一人称の語りを採用した作品においては、そのすっとぼけたユーモアが、強烈に発揮されることが多いようです。白々しい顔で、堂々と嘘をつく厚かましさ、リッチーの作品には、そんな味わいがあります。本書『10ドルだって大金だ』(藤村裕美・白須 清美・谷崎由依・好野理恵訳 河出書房新社)にも、もちろん、そうした味わいの作品が多く収められています。

 『妻を殺さば』 金目当てに、資産家の妻と結婚した「わたし」は、妻を殺そうと画策します。しかし、お人よしで世間知らずの妻は、弁護士や使用人から、いいように扱われているらしいのです。しかも脅迫までされているとは…!
 典型的な「妻殺し」の話が、だんだんとずれてくる、コミカルなクライム・ストーリーです。

 『10ドルだって大金だ』 銀行の会計検査で、10ドルの余計な金額が発見されます。町の小さな銀行では、ずさんな帳簿管理による評判の悪化は致命的なのです。経営者の「わたし」はあわてますが、なんとか翌日の再検査の約束をとりつけます。10ドルを余計に入れた容疑者は、二人の従業員バーガー氏とホワイト夫人のみ。しかし古参の二人を追求するに忍びない「わたし」は、10ドル札を金庫から抜き取って、事なきを得ようとします。しかし、金庫にはタイマーがかかっており、翌日まで開かないというのです! その夜「わたし」の部屋にやってきたバーガー氏は、思わぬ話を切り出すのですが…。
 読者の興味を引く発端から、ほろりとさせる人情話へ。しかも結末では、ひねくれたどんでん返しが待っています。リッチー節のさえる、人を喰った作品。

 『50セントの殺人』 資産を狙う親戚たちの手により、精神病院に入院させられた、金持ちの「わたし」。彼は、患者のクラークをたきつけて、親戚たちを殺させようとします。クラークは、自分のことを「冷血な殺人鬼」だと思いこんでいるのです。目論見は図にあたり、甥の一人が殺されます。しかし姪のヘンリエッタは、「わたし」を疑っていることを隠そうともしません…。
 精神病院に幽閉されている「わたし」は本当に正常なのでしょうか? 飄々とした一人称の語りがユーモアとともに無気味さを醸し出す怪作です。

 『とっておきの場所』 妻殺しの疑いをかけられた男ウォレン。妻は家を出ていったと言い張る彼に対し、警察は彼の言葉を無視し、家の庭を掘り返しはじめます。隣人のトリーバーが、死体を埋める現場を目撃したというのです! しかし、庭から出てきたのは、思いもかけないものでした…。
 妻は生きているのか、死んでいるのか、「妻殺し」テーマの新機軸。どこか頭のねじのゆるんだ隣人のキャラクターが印象的です。

 『世界の片隅で』 シンジケートに借りを作ってしまった叔父を助けるために、強盗のふりをして金を奪おうとした青年。彼は、生来の要領の悪さから、警察に追われる身になります。近所のスーパーの倉庫に逃げ込んだ彼は、居心地の良さを感じて、そこに住み着いてしまいます。ある夜、見知らぬ男が、店に放火しようとする現場を目撃した青年は、火を未然に消し止めるのですが…。
 少し頭の弱いお人好しの青年が、状況に流されるままに犯罪者になってしまう物語。スーパーの倉庫に住み着いた彼は、奇妙な正義感を発揮するのです。とぼけた青年の語りが楽しい作品。

 『誰も教えてくれない』 ターンバックルに依頼されたのは、ある女性の捜索調査書。ただし、本人を見つける必要はなく、調査書だけを書いてくれればいい、という奇妙な依頼。不審の念に駆られたターンバックルは、依頼人は裕福な資産家であり、失踪した女性は、そのの家の使用人ポーラ・スミスだったことをつきとめます。その矢先、依頼人の娘がターンバックルを訪れ、やはりポーラを探し出すのはやめてくれ、と言い出します。ポーラはどこに消えたのか? 依頼人との関係はいったい?
 毎回、推理が空回りするという、〈ターンバックル〉シリーズの一編。ターンバックルは、自信満々で推理を繰り広げるのですが、ことごとく当てがはずれてしまいます。探偵の知らない「事実」が結末寸前にどかっと提出されるという、ミステリの「フェアプレイ」を皮肉ったかのような作品。

 『可能性の問題』 50年以上も刑務所暮らしをしていたという老人ポンフレットは、世話になった恩人殺しの容疑者として逮捕されます。あまりにも明白な殺人事件に、疑いをいだいたターンバックル刑事は、真相の「可能性」を推理します。もしや刑務所生活に慣れすぎたポンフレットは、刑務所に戻りたくなって殺人を犯したのではないか…?
 相変わらず空回りするターンバックルの推理が楽しい話。複雑な推理がいくつも提出されますが、事実は一番単純なものだった…というパターンのユーモア作品。

 傑作ぞろいの第一邦訳集『クライム・マシン』(晶文社)に比べると、さすがに分が悪いのは否めない本書ですが、どれも小粒ながら楽しめる作品がいっぱい。読んで損はない作品集でしょう。
この記事に対するコメント
ジャック・リッチー
こんにちは。はじめまして。
「クライム・マシン」も良かったですが、「10ドルだって大金だ」も遜色なく楽しめました。
しかし、この軽妙さは、ハードカヴァー向きではないよなあ・・・。
文庫で、値段が半分だったら自分で買ったのになあ、と思った私は図書館で借りました。
【2006/11/18 12:39】 URL | 木曽 #GHYvW2h6 [ 編集]

>木曽さん
はじめまして、こんにちは。
木曽さんのホームページは、以前からちょくちょく拝見しておりました。僕もクラシック好きなもので(聴くのはもっぱらバロック・古典派ですが)。
そうなんですよね、『クライム・マシン』は本当に傑作揃いで、ハードカバーでもかなりのお得感があったんですが、『10ドルだって大金だ』は、その点少し弱いかも。「ターンバックルもの」がかなりの分量入っていましたが、これも悪くはないものの、個人的には、ノン・シリーズの方が精彩があるような気がします。
でも、リッチーの短篇は未訳のものが山ほどありますし、傑作もまだまだあるはず! 第三弾を鶴首して待ちましょう。
【2006/11/18 15:35】 URL | kazuou #- [ 編集]

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トラックバックさせていただきました。

個人的には、本としての体裁は、「クライム・マシン」よりも「10ドル」のほうが好きです。
カーデュラものも、もっと読みたかったなあと思いました。
【2006/12/05 02:31】 URL | タナカ #- [ 編集]

たしかに
本としての体裁は「10ドル」の方がいいですね(「クライム・マシン」のイラストもけっこう好きなんですが)。
そうそう、カーデュラものがもっと読みたかったです。ターンバックルものも悪くはないんですけど、あれだけ量が多いと飽きてくるところがありますし。
以前雑誌で読んだ、リッチーの作品でも、もっとすごい作品があった覚えがあるので、短編集第三弾も期待しています。
【2006/12/05 07:26】 URL | kazuou #- [ 編集]


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10ドルだって大金だ

「10ドルだって大金だ」(ジャック・リッチー 河出書房新社 2006)。昨年「クライム・マシン」で好評を博したジャック・リッチーのミステリ短編集。ぜんぶで14編がおさめられている。シリーズ・キャラクターのカーデュラや、迷刑事ターンバックルにまた会えるのがうれ 一冊たちブログ【2006/12/05 02:18】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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