見えない目撃者  埋もれた短編発掘その4
 犯罪の現場を目撃したが、それを話せない事情がある。そんなときあなたはどうしますか? 今回ご紹介するのは、良心の葛藤を描く心理サスペンス、ミリアム・アレン・デフォード『ひとり歩き』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1978年5月号所収)です。
 その朝、中年男ジョン・ラーセンは、出勤するためのバスを待っていました。古女房ケイトの、いつもと変わらぬ愚痴にうんざりしたラーセンは、衝動的に会社を休んでしまいます。久々のひとり歩きを満喫したものの、疲れたラーセンは、森の茂みでふと眠り込んでしまいます。
 目を覚ましたラーセンは、夕方になっていることに気付きますが、ふと向こうから長い金髪の少女がやってくるのを見つけます。ここで姿を見せれば驚かせることになる。そう判断したラーセンは、少女をやり過ごそうとしますが、そこを、おんぼろの黒のクーペが通り過ぎていきます。ラーセンは運転席に、がっちりとした黒髪の男を認めます。男は少女のわきに停車したと思いきや、少女を無理やり車に押し込み、走り去ってしまうのです!
 あわてたラーセンは、警察に届けようと考えますが、思い直します。目撃したことを報告すれば、まずいことになるに気付いたのです。

 シムズはたぶん、彼をクビにするだろう。ケイトは彼の人生をこれまで以上のこの世の地獄とするだろう。この歳では、今の仕事のようなけちな働き口さえ、もう見つからないかもしれない。

 ラーセンは、ちらっと見ただけだから犯人を識別できないだろう、それに誘拐した男は、もしかしたら少女の父親かもしれないと、無理やり自分を納得させます。二日後、少女誘拐のニュースが新聞に載ります。少女は中学校の校長の娘で、同じ学校に通う生徒でした。ラーセンはまた警察に届けるべきかどうか悩むのですが、ここでもまた思い切れません。そして一週間後、少女の死体が発見されてしまうのです。
 さらに三日後、容疑者逮捕の見出しを見たラーセンは、ほっとしたのもつかの間、容疑者が、目撃した犯人とはまったく異なることに驚きます。逮捕されたのは、中学校の用務員でケナリーという男。ケナリーは評判が悪く、前科もありました。校長との仲も悪かったために動機の点でも疑われたのです。
 相変わらずラーセンは沈黙を守りますが、ケナリーが刻一刻と最悪の事態に追い込まれてゆくのを、恐怖をもって見守っています。確実な証拠はない。いずれ無実となり釈放されるだろう。ラーセンの希望も空しく、ケナリーは電気椅子の刑を宣告されます。ラーセンは、恐怖とあせりで気も狂いそうになります。

 ジョン・ラーセンは十キロ近くも痩せた。彼は眠ることを恐れるようになった。一度、悪夢にうなされて悲鳴をあげ、ケイトの目を覚まさせたことがあった。もはやケイトのうるさい叱言も気にならなかった。

 ラーセンは自分の良心に従うのでしょうか、それとも?
 良心と保身との間で揺れ動くラーセンの心理が、息苦しいまでに迫ってきます。誰でもあり得るかもしれないと思わせる絶妙のシチュエーション、まさに身をつまされる作品です。
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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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