善悪のはざまで  デイヴィッド・アリグザンダー『絞首人の一ダース』
4846007383絞首人の一ダース
デイヴィッド アリグザンダー David Alexander 定木 大介
論創社 2006-09

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 デイヴィッド・アリグザンダーの短編集『絞首人の一ダース』(定木大介訳 論創社)の序文を書いているのは、短編の名手スタンリイ・エリン。そのことからも予想されるように、アリグザンダーの作風はエリンを彷彿とさせます。エンタテインメントにはとどまらない、真摯な問題提起を含んでいるのです。
 人間の心理や善悪など、道徳的なテーマを扱った作品が多く見受けられるのですが、かといって、お堅いものではなく、物語として十分鑑賞に耐える出来となっています。以下、面白かったものを紹介しましょう。

 『タルタヴァルに行った男』 夢を抱く少年が酒場で出会った、うらぶれた老人。彼はいつも酒場のすみで泣いていました。スミスと名乗るその男は、自分は「悪魔にとりつかれて」いると言うのですが…。
 落ちぶれた男が、実は有名人だった…というテーマの作品です。著者の代表作と見なされているようですが、正直それほどの作品ではないと思います。アメリカ人にとっては、思い入れのあるテーマなのが幸いしているのでしょう。とはいえ、老人と少年とが情を通わせるようになる過程は、人情ものとして、なかなか読ませます。

 『優しい修道士』 身を持ち崩し、自殺した妹。兄の修道士は、その原因となった男に復讐を誓います。しかし、彼は過剰なまでに暴力を嫌う、あまりにも「優しい」修道士だったのです。彼が復讐に使った驚くべき方法とは…。
 暴力を使わずに相手に復讐しようとする青年の物語。たびたび繰り返される「死なねばなりません」というセリフが実に効果的に使われています。

 『そして三日目に』因習に満ちた南部アメリカの町クレイヴィル。頭のおかしいオールドミスは、近所の幼女を連れてきてしまいます。てっきり誘拐されたと思いこんだ村人たちは、たまたま別の罪で捕まった、黒人二人組の仕業だと思い込み、リンチをしようと息巻くのですが…。
 人種差別問題に真っ向から切り込んだ問題作。村人たちの偏見に満ちた態度と悪びれなさには怖気をふるいます。

 『悪の顔』 連続殺人鬼〈屠殺人〉に妻を殺され、ショックで入院している男ファーガソン。殺人鬼を追う刑事ロマーノは、ただひとりの目撃者であるファーガソンから犯人の人相を聞き出そうとするのですが、彼が繰り返すのは「悪の顔」という言葉だけでした…。
 「悪の顔」とはいったい何なのか? 本格推理的な謎解きなのかと思いきや、善悪の問題に帰着するサイコ・スリラー。

 『アンクル・トム』 舞台は『そして三日目に』と同じ町クレイヴィル。黒人の「ぼく」は、白人と問題をおこすこともなく、平穏に暮らしていました。しかし、黒人も白人と同じ教育を受ける権利があるという判決が出されてから、「ぼく」の「じっちゃん」の様子がおかしくなります。それまで、白人にぺこぺこしていた「じっちゃん」は、孫の「ぼく」が、わざわざ白人にうらまれるようなことを言いふらすようになったのです…。
 これも黒人を中心に据えた作品ですが、テーマ的にはもっと普遍的なものをはらんでいます。それまで順応していた世界が一変してしまったとき、人間はどうすればいいのか?という真摯な問題提起をした佳作です。

 『デビュー戦』 老婦人ミス・ペティは、仕事を棒にふってまで、ある青年弁護士の初めての裁判を傍聴しに出かけます。彼は、かってミス・ペティの恋人だった男の息子でした。彼が弁護する被告は、子供を殺した若い母親。自分が堕胎させられた子供と青年とを同一視していたミス・ペティの気持ちは、裁判が進むに従って変化していきます…。
 青年も父親も、他人の気持ちをわかってなどいない、ということがわかる結末の視線には、非常にきびしいものがあります。

 『向こうのやつら』 大統領暗殺に失敗し、逃亡中の「僕」は、車の事故を起こし、意識を失います。目が覚めた「僕」を車の残骸から助け出してくれた男は、ジェシー・ジェイムズと名乗り、お前はすでに死んでいる、とおかしな事を話します。骨で出来ているという奇妙な建物に連れてこられた「僕」は、過去に死んでいるはずの殺人者を名乗る男たちと出会います。そして外には、四六時中叫び続けている二人組の男。ここはいったいどこなのか? 彼らは何者なのか?
 本短編集で唯一、超自然的な要素のある作品。かって旧〈異色作家短編集〉のアンソロジー『壜づめの女房』にも収められていたものです。叫び続ける「向こうの奴ら」の正体はともかく、殺人者たちが存在し続ける理由の設定が面白いところです。

 『愛に不可能はない』 冷え切った仲をなんとかしようと、スイス旅行にやってきた夫婦。妻の強引な誘いで山に登ったものの、雪崩により小屋にとじこめられてしまいます。けがをして動けなくなった夫に対し、妻はやさしく振る舞います。しかし、妻は一緒に閉じ込められたガイドとともに何かを企てていたのです…。
 外向的で、生きる意欲にあふれた妻と、内向的で嫉妬深い夫。よくある「夫と妻の犯罪」ものですが、結末にはブラック・ユーモアが効いています。エリンの『特別料理』を思わせる作品。

 『雨がやむとき』 人妻のシャーロットは、子供のころに作り出した想像上の人物ミスター・ティベッツを未だに恐れていました。そのことは、誰にも話したことはありません。ある雨の夜、幼い娘とともに家にいたシャーロットのもとに、オールド・ビリーと名乗る男がたずねてきます。しかも、その男はミスター・ティベッツにそっくりでした…。
 恐れていた妄想が現実化したかのような発端は、悪夢めいた雰囲気もあって、サスペンス豊か。事件は現実的な解決に落ちつきますが、人妻が過去を克服する結末は、後味も悪くありません。

 本書は、「読み終わったら、何も残らない」という、ただの娯楽小説ではなく、読み終えた後も、読者に訴えかけるものを含んでいます。テーマを露骨に押し出さない巧みな物語作りにも、確かな腕を感じさせます。佳作揃いで、読んで損はない作品集です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

デイヴィッド・アリグザンダーといえばポケミス『恐怖のブロードウェイ』を思い出します。
題名がベタなのでどうかな、と思ったら凄くカッコイイ小説。
その”カッコよさ”の雰囲気がそのままあふれた燻し銀のような短編集だと思いました。
コレを機会にポケミスのデイヴィッド・アリグザンダーを再刊して欲しいですね。
【2006/10/07 12:20】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

渋いところ
アリグザンダーの長編は未読なのですが、この短編集を見る限り、巧みな職人作家だと感じます。ぜひ『恐怖のブロードウェイ』も復刊してほしいものですね。
論創ミステリシリーズは、いまいちなB級作品ばかりかと思ってたら、意外と渋い作品を出してきましたね。そういえば次回刊行にジョン・ブラックバーンの作品があがっていて、これもちょっと期待してしまいます。
【2006/10/07 16:08】 URL | kazuou #- [ 編集]


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