物語にうずもれて  若島正『殺しの時間』
4862380174殺しの時間-乱視読者のミステリ散歩
若島 正
バジリコ 2006-09-20

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 若島正『殺しの時間-乱視読者のミステリ散歩』(バジリコ)は、小説研究家にして、稀代の読み巧者である著者が、自身が読んで面白かった未訳の小説を取り上げる、という趣向のエッセイ集です。『ミステリマガジン』誌上に連載されたもので、連載時からは、ずいぶん時日が経過していますが、その内容は全く古びていません。
 連載誌の関係で、多少はミステリ味が勝ったものが多くとりあげられますが、それも最初の方だけで、あとはどんどん著者の好みの「変な」作品が大部分を占めるようになっています。
 取り上げられる作家は、レオナルド・シャーシャ、ウェッセル・エバースン、ダニエル・エヴァン・ワイスなど、全く聞いたことのないような作家から、ジョン・ファウルズ、サルマン・ラシュディ、ロバート・マキャモン、ウィリアム・ゴールドマンなどの有名どころ、またシオドア・スタージョン、シャーリイ・ジャクスン、ジェイムズ・サーバーなどの異色作家など、ヴァラエティに富んでいます。
 そして、もっとも著者が好んでいると思われる「変な」作家の「変な」小説群。例えばミュリエル・スパーク『饗宴(シンポジウム)』、アーサー・マッケン『ロンドン冒険記』、シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー『ロリー・ウィローズ』、ウィリアム・サンソム『無垢の顔』、ロバート・エイクマン『モデル』など、これらの作品を紹介した部分には、生彩が感じられます。
 ただ、著者自身、これらの作品について「エンタテインメントとしては読めない」とか「どこが面白いかわからない」とか、欠点を堂々と語っているのが、面白いところです。例えばアーサー・マッケン『ロンドン冒険記』を紹介した章から、いくつか引用してみましょう。

 マッケンは、ひどく不器用な作家である。

 あふれる思いはあっても、それを語りだすと支離滅裂になるというのが彼の特徴的なスタイルである。

 少しご覧になっていただいただけでも想像がつくように、本書はまったく話がどこに飛ぶかわからない。少し読むのを中断したりすると、話のつながりがさっぱり思い出せなくて混乱しそうな本である。

 次は、ロバート・エイクマンの章から。

 …物語運びがきわめて緩慢なので、たいていの一般読者は退屈してしまうだろう。それにひどいときには、いったい何が起こっているのか(どこが怖いのか)すら判然としない作品もある。

 …これはたいした作品ではない。おそらく少数のエイクマン愛好者以外には意味のない小説だろう。

 けなしてばっかりじゃないか、と思われるかもしれません。たしかに、作品の欠点を遠慮なく指摘してはいるのですが、そこには作家や作品を貶める意図は感じられません。むしろ、それだからこそ寄せる愛着の念が感じられるのです。再びアーサー・マッケンの章から引用を。

 しかし、それでいいのだ。贔屓の引き倒しと笑われそうだが、愛読者からすれば、支離滅裂なマッケンでも愛すべきマッケンである。というか、そういう作品でも愛せるのが幻想小説愛読者として絶対必要な資格だと思う。

 そう、マイナー作家のマイナー作品に寄せる著者の愛着がひしひしと感じられるところが、この本の良さでしょう。
 基本的には本書は、マイナー作家の「変な」作品を紹介した書物なので、エンタテインメントの大傑作!とか娯楽超大作!とかいう類のものとは無縁です。しかし、連載当時から単行本にまとめられるまでの間に邦訳された作品も多数あることを考えると、著者の目利きぶりは、実に際だっています。邦訳されたものでは、ロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』、エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』、ジョン・ファウルズ『マゴット』、ギルバート・アデア『閉じた本』などが挙げられますね。
 邦訳の出ているものは、実際に読んでみて、著者の意見を確かめるもよし、未訳の作品ならば、内容を想像するもよし。未訳の作品ばかり紹介しているにもかかわらず、これほど楽しめる書物はまれでしょう。それはやはり、著者の小説作品によせる「愛」がなせるものというべきでしょうか。

テーマ:エッセイ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント
まだ見ぬ強豪!
相当昔のSFマガジンに「SFスキャナー」なる未訳の英米SFを紹介するコラムがありました。著者は翻訳家の伊藤典夫さん。実物読むよりおもしろいとファンの間で評判でした。
面白がらせるのも芸のうちなんでしょうが、確かに著者自身が楽しんでいる(kazuouさんの言葉では”愛”)とその感情が読者にも伝わってきますね。
プロレス界では”まだ見ぬ強豪”なる言葉があって、断片的にマスコミを通じて伝えられる海外のプロレスラー情報にファンの妄想が膨らんだものでした(来日すると失望したりして…)。
”まだ見ぬ「変な」作家の「変な」小説群”…妄想が膨らみます!


【2006/09/28 22:01】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

言い得て妙
「まだ見ぬ強豪」というのも、おかしな表現ですが、言い得て妙ですね。本書の場合で言うと、紹介文から想像する作品は、たぶん実際に読むものより、面白いのかもしれません。「外国の作品」だけにそこには、いくらかの「エキゾチシズム」が混じっているのでしょうか。
「SFスキャナー」は、たしかに、紹介の仕方がえらく上手でしたね。自分の好きな作品を語っているときは、やはりいくぶんなり、その熱気が伝わってくるものです。
若島正は「乱視読者」シリーズをいくつか出していますが、個人的に見る限り『殺しの時間』は、いちばん面白い本だと思います。
【2006/09/28 22:33】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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