18世紀づくし  ロス・キング『迷宮の舞踏会』
4152085606迷宮の舞踏会
ロス・キング 河野 純治
早川書房 2004-04-23

by G-Tools

 1812年のロンドン、ある夜の舞踏会の席で、青年は老人に出会います。青年は老人の持っていた細密肖像画に描かれた女性に惹かれ、ぜひ、件の女性のことを教えてくれと、老人に頼み込みます。しかし、その女性はなんと絞首刑に処されたというのです!

 「私が知っていた者の名前は、レディ・ボウクレアという。しかし、名前はもうひとつあった。街中の冊子や新聞や俗謡は、その名前とその怪物的な罪をこぞって喧伝した」

 その老人ジョージ・コートリイは、40年以上前の若き日の出来事を話し出します。
 1770年、田舎からロンドンにやって来た画家志望の青年コートリイは、親戚のつてを頼りますが、すげなく断られ、悶々とした日々を送っていました。しかし、ふとしたことから妖艶な美女レディ・ボウクレアと知り合い、肖像画を依頼されることになります。
 肖像画の制作中に、レディ・ボウクレアは、かって稀代の名カストラートと歌われたトリスターノの物語を語りはじめます。
 それはさらに昔、1720年のこと。貧しい生まれながらその歌声を買われ、音楽教師のもとに引き取られたトリスターノは、めきめきと頭角をあらわし、カストラート(去勢歌手)となります。イタリアを中心に活躍していたトリスターノはしかし、残忍な性格である後援者、プロヴァンス伯の手から逃れ、英国貴族W卿を頼ってロンドンに渡ります。そこでも絶賛を勝ち得たトリスターノでしたが、あるオペラの舞台上で、事故により重傷を負ってしまいます…。
 一方、コートリイは有名な画家エンディミオン・スターカー卿に弟子入りすることに成功します。コートリイは、あるときスターカー卿の愛人エレアノーラから、彼女を捨てたロバートなる男の事を耳にします。それは、とこどろころで、コートリイの邪魔をする男と同一人物だったのです…。
 謎の美女レディ・ボウクレアの正体とは? そして彼女とトリスターノの関係は? やがてトリスターノの物語とコートリイの運命とは重なりあっていくのですが…。
 ロス・キング『迷宮の舞踏会』は、18世紀ロンドンを舞台にした歴史小説です。何より、描かれた時代風俗に生彩があります。18世紀ヨーロッパの文化風俗、そして画家であるコートリイや歌手であるトリスターノを中心に据えているだけに、美術や音楽に関する描写には、ことに力が入っています。作曲家ヘンデル、ボノンチーニ、歌手のセネジーノ、哲学者ジョージ・バークリー、詩人アレクサンダー・ポープなど、実在した有名人も登場し、この時代や文化が好きな読者にはたまらない作りになっています。
 ただ、肝心の物語の方はというと、これがちょっと弱い。神秘的なレディ・ボウクレアの謎を追うコートリイ、そしてトリスターノの数奇な運命、それぞれの物語は魅力的な設定に満ちていながらも、どうも盛り上がりに欠けるのです。
 登場人物にも、なかなか魅力的な人物が少なくありません。コートリイのパートでは、神出鬼没のロバート、神秘的なレディ・ボウクレア、偉大な技を持ちながらも俗物的なエンディミオン・スターカー卿。トリスターノのパートでは、粗野ながらも音楽的な耳は一流のプロヴァンス伯、男装の歌手マッダレーナ、底意地の悪いトリスターノのライバル、スキピオなど。
 とくに、プロヴァンス伯に囲われて、カストラートになりすましている可憐な歌手マッダレーナと、一流の声を持ちながらも利己的で他人を顧みないスキピオなどは、非常に魅力的なキャラクターです。しかし、これらの登場人物がうまくメインストーリーにからんでこないのが気になるのです。本来ならマッダレーナやスキピオは、物語の本筋にからんでくるメインキャラクターであると思うのですが、これがちょこちょこと登場するだけで、いつの間にか本筋から姿を消してしまうのです。これには驚きました。他の登場人物についても、同様です。
 コートリイを初めとする登場人物たちの行動が、やけに行き当たりばったりに見えるのも問題です。キャラクターの行動の原因となる動機が非常にわかりにくい。
 そして致命的なのは、主人公であるコートリイのキャラクター。非常に利己的で、虚栄心の強い性格を与えられているために、感情移入しにくいのです。それでも物語を通して、成長するとか改心するとか、そういう面もあれば、また違うのでしょうが、この作品では、そういうこともありません。
 端的に言ってしまうと、作者が登場人物をうまく使えていない、ということになるのでしょうか。魅力的な設定をもつキャラクターが多いだけに、非常にもったいない。そして、ストーリーの方も、一貫性にとぼしく、つぎつぎと場面が切り替わるので、どうも緊張感が持続しないのです。うまく使えばサスペンスを引き延ばすうまい手段だと思うのですが、作者が手慣れていないので、逆効果です。
 青年が聞くコートリイの話の中に登場するレディ・ボウクレアが語るトリスターノの話、と語りが「入れ子」になっているのも、興味をそそるのですが、この語りも特に仕掛けに結びついているわけでもなく、単なる趣向に終わっているので、もったいない感じです。
 上にも書いたように、作品の舞台となる時代や風俗に関する描写は素晴らしいものがあります。作者も、この時代に愛着があるらしく、楽しんで描いた節がうかがえます。しかし、肝心のプロット、ストーリーが焦点を絞り切れていないのが致命的でしょう。全体的に散漫で、クライマックスと呼べるような部分も見あたらないし、盛り上げ方が圧倒的に下手です。
 18世紀のヨーロッパが好きな読者なら、その時代や風俗描写だけでも楽しめるでしょうが、小説として見たときには、かなり未熟だと言わざるを得ません。ただ、作者のロス・キングは、これが処女作らしいので、次回作以降に期待したいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

はじめまして。いつも色々と参考にさせてもらってます。ロス・キングは『謎の蔵書票』がオススメですよ~
【2006/10/12 09:42】 URL | 司書つかさ #- [ 編集]

>司書つかささん
はじめまして。『瀬良ヱ野図書館』は、以前から拝見しておりました。こちらこそ、参考にさせていただいております。
個人的に18世紀のヨーロッパ文化が好きなので、『迷宮の舞踏会』を購入してみたんですよね。でも、うーん、上の記事にも書きましたが、背景になる文化とか芸術とかに関する部分は大好きなのですが、物語としてはどうかな…というところなんですよね。以前に読んだもので、これと似た感じとしてはエリザベス・レッドファーン『天球の調べ』という作品があるのですが、そっちの方がずっとおもしろかった覚えがあります。
とはいえ、 『迷宮の舞踏会』と一緒に『謎の蔵書票』も購入してしまっていたりするんですけどね(笑)。こちらの方は、けっこう評判がいいようなので、楽しみです。
【2006/10/12 12:40】 URL | kazuou #- [ 編集]

ジョージ・バークリー
おやバークリー。観念論の巨匠! その生涯もけっこうおもしろいです。小説中でも神の存在証明をやってたりして?
歴史絵巻としての興味はありますね。
【2006/10/12 22:41】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

バークリスト
作品中、主人公の友人に、バークリーに心酔している青年が出てきます。この青年が、観念論めいた手紙を何通も主人公に送ってくるんですよ。そのあたり、バークリーについて少し知識があると、楽しめると思います。その点も含めて、作品背景はなかなかなんですよね。
【2006/10/13 06:54】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/145-40f701a8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する