空想美人  ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』
4270001348シャルビューク夫人の肖像
ジェフリー・フォード 田中一江
ランダムハウス講談社 2006-07-20

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 「夜目遠目傘の内」という言葉があります。夜、遠いところ、傘のなか。それらは全て、女性が美しく見える状態を言ったものだといいますが、その要旨を解釈するに、はっきりしない曖昧な状態ほど、想像力が美をかきたててくれる、というものでしょう。それならば、全く見ることができない女性の美しさとは、どれほど美しいものになるのでしょうか?
 ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』(田中一江訳 ランダムハウス講談社)は、そんな美と想像力との関わり合いをうまくテーマに取り込んだ、エンタテインメントの一級品。
 19世紀末のニューヨーク、才能豊かな肖像画家ピアンボは、仕事の依頼は引きも切らず、上流階級の人間たちから、ひっぱりだことなっていました。さらには、美しい女優サマンサを恋人に持ち、順風満帆な日々を送っています。
 ある日、彼は、盲目の奇怪な老人と出会います。ワトキンと名乗るその男は、自分の主人である女性の肖像画を描いてほしい、というのです。仕事がたてこんでいることを理由に、断ろうとするピアンボでしたが、ほかのものとは違うという、その仕事の内容と莫大な報酬に興味を惹かれ、件の女性に会うことを承諾します。
 そして、依頼主の女性シャルビューク夫人と対面したピアンボは驚かされます。彼女は、屏風ごしに話をし、全く姿を見せようとしないのです! 顔が見えなくては肖像画を描くことはできない、と話すピアンボに対し、夫人は答えます。

 「ちゃんとおわかりのはずですよ、ピアンボさん。あなたは、わたくしの顔を見ずに肖像画を描かねばならないのです」

 当惑するピアンボに、夫人はつけくわえます。

 「…この家にたずねてきて、屏風のまえにすわり、わたくしに関する質問をなさい。わたくしが答えることや、わたくしの声や話の内容から、頭のなかにわたくしのイメージを作り上げ、それをキャンヴァスに描くのです」

 じつに奇妙な依頼内容でしたが、夫人の神秘的な魅力にも支えられ、ピアンボは仕事を引き受けることになります。しかし、夫人の話す内容は、現実とも虚構ともつかぬ、とりとめのないものばかり。困惑するピアンボは、仕事をすすめながらも、友人の画家シェンツとともに、シャルビューク夫人の正体を探ろうとします。
 おりしも、ちまたでは、血の涙を流すという、奇妙な病が流行りはじめます。そしてピアンボの周辺には、シャルビューク夫人の元夫だと名乗る男からの脅迫が舞い込みはじめます。
 シャルビューク夫人の正体とは? 風変わりな肖像画の目的とは? 夫人の元夫の行動の意味とは? ピアンボは思いもかけない出来事に出会うことになるのですが…。
 顔を見ずに肖像画を描かなければならない、という奇妙な依頼。神秘的な女性の謎をめぐる幻想小説、として始まりますが、中盤からは、ミステリ色が強くなっていくのが特徴。といっても、ただ過去の事実を調べるだけ、という静的なミステリにはとどまりません。夫人の元夫に脅かされたり、謎の病におそわれたりと、非常に動きのある、ダイナミックな展開が読者を飽きさせません。
 シャルビューク夫人がことごとに語る、過去の話は、それぞれ独立した短編としても通用しそうな、面白い話ばかり。夫人の父親がのめりこんでいたという、雪の結晶から未来を読みとるという「結晶言語学」。その父親が仕えていたという風変わりな富豪オシアクの奇行、同じくオシアクに仕えていたという、排泄物から未来を占うフランシス・ボーンなる人物など、幻想的なガジェットをからめたエピソードとして、どれも魅力に溢れています。
 夫人の、あまりに非現実的な話の数々にピアンボは困惑するのですが、それを例証するように、現実世界で判明する事実は、夫人の話との齟齬をきたしてゆきます。夫人の話は真実なのか、それともでまかせなのか?「信頼できない語り手」である、シャルビューク夫人に対する疑惑から生まれるサスペンスにも、素晴らしいものがあります。
 依頼された仕事自体の難しさもさることながら、夫人と関わるうちに、恋人との仲や自分に対する自信までもが揺らぎ出すピアンボ。そんな彼の成長小説としての一面も。
 そして、ピアンボがシャルビューク夫人の正体を探る過程でつぎつぎと現れる様々な謎もまた、物語をぐいぐいと引っぱっていきます。最初は、物語の本筋と関係のないところで起こっていた謎の奇病も、後半にはうまくプロットにからんでくるなど、作品全体の整合性が、非常によくできています。
 ただ、その整合性、よくできたミステリ的な結構が、後半になってくると、作品の幻想性を削いでしまっている面があるのは否めないところです。作品のテーマから考えても、こういう作品の場合は、結末を曖昧にぼかしても許されると思うのですが、この作者、サービス精神が旺盛なのか、伏線や作中の謎を、ほぼすべて回収してしまうのです。
 少々破綻する部分があっても、幻想小説的な要素を生かしたまま結末まで持ち込んでくれれば、もっと面白くなったのではないか、とは個人的な感想ではあります。
 ただ、非常に読みやすく、テンポもいいので、エンタテインメントとしては一級品であることは間違いないところです。かといって、俗っぽくなりすぎないところも好感触。広く一般にオススメできる良作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

17日の日経に風間賢二さんの書評で紹介されていましたね。曰く「宿命の女」テーマの
変種。私は”ミロのヴィーナス”の手のようだと思いました。

ジェフリー・フォードは2002年SFSiteのインタビューで「ジキルとハイド」「The New Arabian Nights 」などが愛読書だと答えています。「シャルビューク婦人の肖像」は
その”証”が見受けられて面白いですよね。
今年の4月は「The Empire of Ice Cream 」という短編集をだしていますがこちらは
ジョナサン・キャロルの紹介文付き!そのまんま翻訳出して欲しいですね。
【2006/09/19 19:56】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

それはぜひ翻訳してほしいです!
なるほど、たしかに「宿命の女」テーマでもありますね。エキゾチックな要素もスティーヴンソン譲りと考えると、うなずけるところではあります。幻想的なエピソードをちりばめるやりかたは、まさに「アラビアン・ナイト」風でした。
おお!本国では短編集が出たのですね。フォードの短編は以前雑誌で何編か読んだのですが、ものすごく好みだったので、ぜひ訳出してもらいたいものです。キャロルの序文というのも食指をそそります。
【2006/09/20 07:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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