悪夢世界  マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』
4789712508スペアーズ
マイケル・マーシャル スミス Michael Marshall Smith 嶋田 洋一
ソニーマガジンズ 1997-11

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 自分の体に何かあったとき、臓器移植で最適なのは、もちろん自分のもの。だとすれば、自分のクローンを臓器移植用に育てればいいのではないか? マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』(嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ)は、そんな悪夢のような設定を使ったSF作品です。
 近未来、金持ちの人間たちは、子供が生まれると、莫大な金額と引き換えに、保険としてそのクローンを作り出していました。子供に何かあったときには、そのクローンたち〈スペア〉から、臓器や体の一部を移植するのです。
 クローンの培養を一手に引き受ける「農場」の管理人として雇われた、元警察官ジャック・ランドール。彼は「農場」での〈スペア〉たちの、非人間的な扱いに怒りを覚えます。

 やがて現実の生活を送っている双生児の兄弟姉妹が怪我をするか病気になるかして、警報が鳴り、救急車がやってくる。医者たちは目的のスペアを探し出し、必要な部分を切り取ってまたトンネルに戻す。スペアはまた必要になるまで横たわり、転がって生きつづけるのだ。

 ジャックは〈スペア〉たちに教育を施します。その甲斐あって、人間性を身につけてゆく〈スペア〉たち。しかし、臓器を摘出されるのを、黙って見ているしかないジャックは、苦しみ続けます。
 ある日、〈スペア〉の一人ジェニーが、手術中に言葉を発してしまいます。〈スペア〉を教育するという、違法行為が発覚してしまったジャックは、覚悟を決め、何人かの〈スペア〉たちを連れて「農場」を脱出することになります。
 彼らは、かってジャックが暮らしていたニューリッチモンドの都市「メガモール」に逃げ込みます。「メガモール」は、面積十五平方キロメートル、二百階建の超巨大な飛行機でしたが、ある日故障のため飛び立てなくなり、そのままそれが街と化してしまったという、異色の都市!

 機内のエリアは仕切を壊され、ばらばらに解体され、再構築された。元々の乗客たちは上の階に見張りを立て、モールの上にさらに高く建物を作って、下から押し寄せる貧乏人たちからどれだけ離れていられるかを競うようになった。

 かっての相棒マルのもとに転がり込んだジャックでしたが、何者かによって、マルは殺されてしまいます。そして〈スペア〉たちは、少女シューイを除いて、さらわれてしまうのです。それが、ジャックに恨みを抱くギャング、ヴィナルディの仕業だと考えたジャックは、怒りにかられ、ヴィナルディのもとに向かいます…。
 タイトルやあらすじからは、〈スペア〉たちの人間性の解放をテーマにした、ヒューマニズム的な要素を持つ作品みたいな印象を受けるのですが、読後の印象はかなり異なります。なんというか、作品のバランスが非常に悪いのです。
 まずヒューマニズム的作品、という点から考えると、ジャックが〈スペア〉たちに感情移入する理由がどうもはっきりしません。さらに、ジャックと〈スペア〉たちとの人間的な交流シーンがほとんど描かれないために、〈スペア〉救出に対して、盛り上がりに欠けるのです。
 さらに、中盤以降は、趣が変わってきます。さらわれた〈スペア〉たちを探しているうちに、ジャックがかって派遣されていたという「ギャップ」なる異空間の存在が明らかになり、誘拐者たちは、そこからの襲撃者であるらしいことがわかってくるのです。その後は、なぜかギャングのヴィナルディとともに「ギャップ」へと潜入するジャックの冒険行になってしまうという展開。これには困惑する読者もいるかもしれません。
 とくに、中盤からの「ギャップ」の登場は、かなり唐突の感があるのですが、それはまだ許容範囲でしょう。むしろ問題は、その「ギャップ」の方に焦点が移ってしまい〈スペア〉たちの救出の話がどこかに行ってしまうところでしょうか。
 ただ、全体のバランスは悪いものの、部分的な描写や雰囲気は、相当のレベルです。
 まず、舞台となる「メガモール」のオリジナリティが特筆もの。飛び立てなくなった巨大飛行機が、そのまま都市になっているという設定は見事です。高い階にいくほど社会階級が上がる…というのはお約束ですが、その都市の中で生きる人々の存在感。とくに下層階級の人々の生活が、非常にリアルで、一種の猥雑感を出すことに成功しています。
 〈スペア〉たちについての描写も、劣らずリアルです。〈スペア〉は、臓器を使うためだけの道具、という設定なので、扱われ方が悲惨なのは当然なのですが、その描写がとにかく即物的。
 言葉も教育も与えない。薬漬けにして、せまい部屋に何人も放り込んでおく。まさに臓器を収穫するための肉塊、とでもいった扱い。それゆえ、教育した〈スペア〉たちが、自らの体を収奪されるという、自己意識を持ってしまったことに対して、ジャックが自責の念を覚えるのにも、説得力が感じられるようになっています。
 そして後半にメインとなる「ギャップ」の存在。そこに住む人間はやがて物質的な変化を遂げ、銃弾を受けても死なない体になるのです。何より、世界自体が不安定で、麻薬でもやっていない限り、まともな人間は狂ってしまうという、何やら異次元じみた世界。この世界の描写は、実に生彩に富んでいて、この部分だけとるなら、完全にホラー小説です。
 上にも書いたように、物語のバランスは非常に悪いです。話が次々と別のところに飛んで、違う作品をつぎあわせたような印象を受けてしまうのは、避けられないところ。
 ただ〈スペア〉の「農場」のパート、「メガモール」でのパート、「ギャップ」でのパートと、それぞれの部分に見られる、グロテスクなまでの描写力と雰囲気醸成は抜群で、読み応えがあります。B級SFやホラーが好きな方には楽しめる怪作でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

今ちょうど『死影』を読んでるところです。『スペアーズ』もいずれは読む予定でいるのですが、『みんな行ってしまう』『死影』を読んだ後ではちょっと物足りなさを感じそうですね。でもkazuouさんのあらすじを読むと面白そうなイメージがあるんですが・・・。
クローン系映画で『アイランド』というのがあり、<〈スペア〉たちの人間性の解放をテーマ>としては似てる部分もあるような感じですが、多分というか全く違うんだろうな(笑)。
まだまだ読むのは先になりそうですがkazuouさんの感想を踏まえたうえで読んでみたいと思います。
【2006/09/05 21:38】 URL | TKAT #- [ 編集]


 なるほど。私は,「みんな行ってしまう」しか読んでいませんが,時折,はっとするようなグロテスクなイメージが顔を出し,それが後々まで印象に残っているという感じでしたが,この長編も,そんな場面が鮮烈というkazuouさんの指摘は,わかるような気がします。
【2006/09/06 00:27】 URL | おおぎょるたこ #- [ 編集]

>TKATさん
そうですね、『死影』のあとでは、絶対物足りないです(笑)。この作家、一作ごとに確実に上手くなってきているのがわかるので、後の作品から読んでいくと、かなり弱いところが見えてしまうかもしれません。
『アイランド』は、見ていないのですが、ネットで見る限りでは、マーシャル・スミスのネタをパクッているとかいないとか。そもそも『スペアーズ』も帯に映画化!とか書いてあったんですけどね(笑)。原作がどうもまとまりに欠けるので、映画化するのもけっこう難しいと思います。
【2006/09/06 07:18】 URL | kazuou #- [ 編集]

>おおぎょるたこさん
尾之上浩司氏でしたか、マーシャル・スミスはモダンホラー作家だ!と言っておられましたが、まさしくその通りだと思います。SF作品を読んでも、そこかしこで顔を出すグロテスクな描写はホラー作家のもの。それが非常に強く出たのが『死影』だと思います。
個人的には、これからホラー系統の作品を続けて書いてほしいところですね。
【2006/09/06 07:21】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして
お邪魔します。
私もこの作品をちょうど昨日読み終え、正直ストーリーを把握するのに疲れました(笑
で、あの「ギャップ」は、結局なんだったんだと思いますか?
戦争とは、どこ対どこの戦争?なぜ幻覚?そして、ベトナム戦争をほうふつとさせる
惨劇(村での一件)とランドールがヘリまで案内してもらう子どもたちのくだり
は、幻想体験?ファンタジー?

スペアやブライトアイは後になって説明があるのでいちおうの理解はできましたが
どうしてもギャップのあの作品における存在意義がいまいちよくわかりません。
ストーリー展開に関しては重要(赤い頭や青い頭、ヴィナルディ、ランドールとの関係)
なのはいいとして、手前の想像ですが、ギャップができたのはニューリッチモンドが
不時着したことに起因している?
【2009/02/12 15:47】 URL | ロビタ #e5DRVZbc [ 編集]

>ロビタさん
ロビタさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

うーん、「ギャップ」に関しては、僕もはっきりとは理解できなかったんですよね。というか、後半の展開は「ドラッグ小説」まがいで、作者もちゃんとまとめてないんじゃないかな、という気がします。
記事にも書きましたが、小説作品としては「破綻」してしまっているので、場面場面の雰囲気とかイメージとかを楽しむのが一番なのではないかなあ、と思ってます。
マーシャル・スミスの長編はいくつか読みましたが、どれも構成にちょっと無理があるものが多くて、おそらくこの人、短編型の作家なんだと思います。現に短編集の『みんな行ってしまう』は、なかなかの傑作揃いで、いい作品集ですよ。
【2009/02/12 22:19】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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