最善の方策  埋もれた短編発掘その21
 これは珍しい、マイクル・クライトンのユーモア短編『世界最強の仕立屋』(浅倉久志訳 早川書房 ミステリマガジン1974年1月号所収)。恐らく作者名を伏されたら、クライトンだとはわからないでしょう。
 大統領の信頼も厚い、科学顧問の物理学者ジョン・ハンセンは、ある日大統領の執務室に呼ばれます。驚いたことに執務室には、閣僚が勢揃いしていました。大統領を含め閣僚たちが、みな突っ立っている中で、見知らぬ男が一人座っているのに、ハンセンは注意を引かれます。
 年の頃はおそらく60歳を越え、小柄で白髪の老人。それにもかかわらず威圧的な態度と傲岸な言葉。

 そして、ハンセンはショックとともにさとった-大統領はこの男をこわがっている。ハンセンは一同のほうに目をやった。みんなもこわがっているらしいことが、いまになって感じられた。

 ボラックと名乗る男は、自分はシンシナティの仕立屋だと言いますが、身の程もわきまえず、驚くべき要求を出してきます。なんと50億ドルをよこせと言うのです!
 金を払わなければ、ニューヨーク市を燃やし尽くす。それがボラックが出した条件でした。そんなたわごとを信じるのかというハンセンの疑問に、大統領は答えます。政務次官のジョン・ハーパーが、目撃者の目の前で燃やし尽くされた、と。

 「…それによると、ボラック氏が目をとじてなにごとかを口の中で唱えたとたん、ハーパー次官の全身は火に包まれた。そのとき、ボラック氏と彼とのあいだには、数ヤードの距離があったそうだ」

 さらに目の前で、自分のネクタイに火をつけられたハンセンは、ボラックの言葉を信じ始めます。とたんに、彼は、ボラックの提案を呑むようにと、態度を豹変させます。あまつさえ、軍事的な協力を求めたらどうか、と言い出す始末。大統領は、失望の色を隠せません。
 ハンセンが態度を豹変させた理由とは? 明晰な頭脳を持つハンセンが導き出した、驚くべき対策とは?
 あまりに意表をつく結末には、驚かされるはず。はっきり言って、その解決法はアンフェアなのですが、頭を使ったアイディア・ストーリーに慣れている読者にとっては、逆に新鮮に感じられるかも。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
ファイア・スターター
ファイア・スターターの無効化の方策というわけですね。
私が大統領だったら(!)、科学顧問ではなく哲学顧問をよびます。
そして、「燃焼とは何か?」、「果たして本当に燃えているのか?」、「燃えていると我々はどうやって認識することができるのだろうか?」などの形而上学的迷路に誘い込んで混乱させる…なんて。
それにしてもあのクライトンが! なる短編のようですね。
【2006/08/31 06:54】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

もっと単純です
なるほど、哲学論議で煙に巻く、でもそれだとアイディア・ストーリーですよね。。アイディア・ストーリーにもなってないところが、逆にこの作品の斬新さなんですよ。解決はあまりにあっさりしすぎなので、回答を自分で考える方が楽しいでしょうね。
【2006/08/31 18:47】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして
この短編ですが、「山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー」に収録予定だったのが、見送られて、なぜか巻末の「初出一覧」にだけ、残っているようですね。

下記サイトは、私のサイトではないですが、そのことを指摘されている方のブログです。
http://blogs.yahoo.co.jp/sayuppe02/archive/2008/01/12
【2008/11/03 21:27】 URL | 岡田K一 #- [ 編集]

>岡田K一さん
岡田K一さん、はじめまして。コメントありがとうございます。

クライトンの短篇は、版権関係で収録できなかったんでしょうね、リストは消し忘れたのだと思います。
【2008/11/05 21:14】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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