悪意のある風景  ジョナサン・キャロル『黒いカクテル』
4488547109黒いカクテル
ジョナサン・キャロル 浅羽 莢子
東京創元社 2006-07-11

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 『パニックの手』につづく、キャロルの短編集『黒いカクテル』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)。『パニックの手』に比べ、寓意性が強いというか、抽象的で「難しい」作品が多いように感じます。しかし、どの作品にも悪意がまぶされているのは、相変わらずです。

 『熊の口と』 金持ちに憧れていた貧しい青年が、宝くじに当選し、夢見ていた大金を手に入れます。大金をどのように使ったらいいのか? 不安に苛まれた青年は、魔法使いに相談することにしますが…。
 「魔法使い」がいきなり登場するなど、日常にふいに超自然的な描写がはさまれる、いわゆる「マジック・リアリズム」風の寓話。ユーモアをたたえた諷刺、を狙っているのだと思うのですが、あまり成功していない感じです。

 『卒業生』 愛する妻子を持ち、順風満帆な32歳のルイスは、今でも時折、みじめだった高校時代の夢を見ます。ただ、すぐに目が覚めることがわかっているので、安心感がありました。しかし、今回の夢は違います。いくら経っても目が覚めないのです。鏡に映った顔は、現在の32歳のルイスの顔。しかも周りの同級生たちは、それにも全く頓着しないのです…。
 大人になっても見る、子供時代の悪夢。誰でも覚えがあるような感覚をうまく小説化した作品。夢の中の世界が、現実とつながっているという暗示で終わる結末は効果的です。

 『くたびれた天使』 双眼鏡でのぞき見していた女に惹かれた「ぼく」は、うまくその女トニーと知り合い、わりない仲になります。しかし実際につきあう彼女との生活は、思っていたよりも退屈でした。本人の前では、愛情をふりまきながら「ぼく」は裏で彼女に嫌がらせ電話をかけつづけるのですが…。
 ストーカーもののヴァリエーション。主人公の「ぼく」の残酷さが不快感を残す、嫌な味の短編です。

 『我が罪の生』 ハリーは、ヨーロッパで思いもかけず、高校時代の同級生エプスタインと再会します。エプスタインは生まれながらの嘘つきであり、その嘘を利用して貪欲に成功を得ようとするような男でした。しかし再会したエプスタインは、自分の非を認めます。あのエプスタインがどういう風の吹き回しだ? 不審に思うハリーが聞かされたのは、奇妙な打明け話でした…。
 不道徳な男の改心話かと思っていたら、思いもかけない展開に。キャロル節とでもいうべき結末は、悪夢めいていて無気味。

 『砂漠の車輪、ぶらんこの月』 根っからの善人バイザーは、自分が数ヶ月後に失明することを知り、あることを考えます。自分が年をとったときの写真を撮り、それを頭に焼き付けようというのです。有名な写真家とメイクアップ・アーティストの助けを借りたバイザーは、それぞれ50歳、60歳、70歳に見せかけたメイク後の姿を写真に撮ってもらいます。しかし出来上がった写真に写っていたものは、予想だにしないものでした…。
 失明することを知った男の行動は、実に奇矯ですが、その展開は非常に魅力的。結末は、寓意性が強すぎるきらいもありますが、本作品中で一、二を争う力作でしょう。

 『いっときの喝』 結婚に破れ、わびしい生活を送る男の家に、ある日突然美しい女が訪れます。弟を伴った女は、昔この家に住んでいたことがある、ついては家の中を見せてもらえないか、と頼み込みます。男が気がつくと、家の中の情景が一変していました…。
 家が思い出を再現する、というキャロルにしては珍しいノスタルジックな作品。とはいえ、そこにあるのは、失われたものへの後悔と寂寥感であるところが、キャロルならではというべきでしょうか。

 『黒いカクテル』 ゲイの恋人を失い、傷心のイングラムは、義弟からマイケル・ベイなる男を紹介されます。マイケルは不思議な話術で、イングラムを虜にします。そして、マイケルは、自分の少年時代に自分を守ってくれた不良じみた少年クリントンについて話します。クリントンは、マイケルをいじめた少年を射殺した後、姿を消してしまったというのです。ある日イングラムは、15歳のときのまま年をとっていなクリントンに出会いますが…。
 悪夢めいた雰囲気は、他と共通しますが、次々に真相がひっくり返るどんでん返し的構成は、ミステリっぽくて面白いところでしょうか。結末のモチーフは、どこかスタージョンを思わせます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

先日読み終わったところです。『いっときの喝』は何となくジャック・フィニイの『クルーエット夫妻の家』を思い出しました。とはいえ、あちらは家の記憶が幸せをもたらしてくれるけれど、こちらは絶望感が漂いますね(-.-;) ちなみに自分はキャロルのタイトルの付け方がとても気に入っています。話の筋とあんまり関係ないようなタイトルが付いてるところが良いです(笑
【2006/08/23 20:53】 URL | そら #- [ 編集]

そうなんですよね
『クルーエット夫妻の家』、たしかにフィニィの幸福感とは対照的ですね。もうほんとうにキャロルは意地悪、という感じです。
タイトルの付け方は、うまい、のかな? 悪くはないと思うんですが、内容と直接つながりのないタイトルが多いんで、記憶に残りにくいのが困ります。こういう内容の話、とは覚えていても、タイトルが全然出てこなかったりするんですよね。
今回出たキャロルの短編集は二冊とも、なかなかよかったので、今度から短編集だけ読もうとか思ったりして(笑)。
【2006/08/23 21:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

宿題!
出てすぐ買って積読状態でした。忘れていた夏休みの宿題を思い出したような気分です。
kazuouさん、長編とは違って短編集ではキャロルに割と好評価ですね。キャロル好きとしてはうれしいところです。
ところで、最近私の読書傾向が短編にシフトしてきたのは、このブログの影響?
【2006/08/24 12:40】 URL | 迷跡 #tdMKXQ8M [ 編集]

短編だから…(笑)
いえいえ、基本的に短編だと、評価が甘くなるんですよ。それにキャロルの短編は長編に比べると、けっこうすっきりしていて、わりとジャンル小説の作法に忠実に感じられるところに、好感を持ちました。
ちなみに、今回の短編集でいちばん面白かったのは、巻末の『黒いカクテル』でしょうか。複数の人間が集まることによって、完全な存在になる…というゲシュタルト的な発想なんですが、これってスタージョンによく見られるテーマですね。『人間以上』とか。まあ描き方はやっぱりキャロル節で、見方によっては、これ「バカSF」といってもいいくらい。こういうのも嫌いじゃないです。
迷跡さん、最近短編好みになられましたか(笑)。短編好きとしては、同士が増えて嬉しいところです。
【2006/08/24 20:19】 URL | kazuou #- [ 編集]

読みました~
私は「パニックの手」と「黒いカクテル」で初めてキャロルを読みました!
近年お気に入り作家になかなかめぐり合えていなかった私にとっては大発見。
早速長篇をすべて入手しようとしたのですが、在庫切れもあり揃わない…。
昨日「犬博物館の外で」を2400円で入手(原価600円!)し現在読んでるところです。
もっと早くめぐりあいたかった…。
私的には処女作「死者の書」と「炎の眠り」がお気に入りです。
長篇のほとんどが作中人物を共有しているのもすべて読破したくなるミソですよね…。
多作でないのが残念。もっと読みたい!!
【2006/08/25 16:13】 URL | won #- [ 編集]

>wonさん
こんにちは、wonさん。はじめまして、だったでしょうか?
キャロルは短編集から読み始められたのですか。僕は、最初に何編か長編を読んでみて、ちょっと合わないかなあ、と思っていたので、近刊の二冊の短編集が意外と楽しめたのには、驚きました。『死者の書』は、たしかに傑作だと思いますが、ちょっと読後感が…。キャロルって、楽しんでる読者に水を差すようなことをするところがありますよね。読者におもねらない孤高の作家、とも言えるのでしょうけど。
それにしても「犬博物館の外で」を2400円とは! 一時期は100円均一でよく見かけたものですが、最近はとんと見かけなくなりましたね。
【2006/08/25 21:51】 URL | kazuou #- [ 編集]


あ、そうなんです。はじめましてでした…すいません。
キャロル作品でサーチしててここに辿り着き、
個人的にキャロルブームが到来してたので興奮して思わず書き込んでしまいました。
100円で手に入った時代もあったのですね…(TT)
もっと早くに巡り会いたかった…。
私も基本的には短編好きなので、このサイトとっても参考になります!
これからもお邪魔させていただきます~。
【2006/08/28 21:47】 URL | won #- [ 編集]

そうでしたか
キャロルは、どの作品もあんまり売れなかったという話を聞いたことがあります。やっぱり読後感がよくないのが、問題なんでしょうね。達者な作家であることは確かですけど。もうちょっとサービス精神があれば、とは思うのですが、ファンにとっては、そういうところが魅力なのかも…。
wonさんも、短編お好きなんですね。やっぱり小説は短編に尽きる!というのが持論です。短編集の紹介は、これからも継続していきたいと思っています。
これからも、ご来訪お待ちしております。何か意見や感想などありましたら、遠慮なくどうぞ。
【2006/08/28 22:14】 URL | kazuou #- [ 編集]

奇妙な読後感
本日読了しましたので再コメントさせていただきます。
「砂漠の車輪、ぶらんこの月」が傑作ですね。でもこれってキャロルなの? という思いが残ってしまいます。
「黒いカクテル」は多少長めとはいえ短編ではもったいなかったような。長編でじっくり書いてもらいたかったですね、キャロル節でじわじわっと(笑)
長編作家キャロルを再認識したような満足と不満足が入り混じった奇妙な読後感です。
【2006/09/17 23:29】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

もどかしさ
僕もこの短編集の中では、『砂漠の車輪、ぶらんこの月』が、いちばん好きですね。そういえば、あんまりキャロルっぽくなかったような気もします。
『黒いカクテル』は、個人的にはちょうどよい感じの長さだったかな、と。あれを長編でこってりとやられると、ちょっとしつこく感じられるかも…。
キャロル作品はどれも、手放しで面白かった!といえないところが、もどかしいですね。それが狙いなのかもしれませんが。
【2006/09/18 07:54】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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